FEATURE 154

世界選手権直前インタビュー

森秋彩 飽くなき向上心で挑む、パリ行き切符


言葉の端々から感じる飽くなき向上心。その姿勢が強さたるゆえんなのか。パリ五輪フォーマットで3戦3勝。しかし「楽しむ気持ちを忘れずに」と油断はない。大学との文武両道を図る19歳が、パリ行き切符をつかみにいく。

※本記事の内容はCLIMBERSが制作協力した2023年7月発行の『JMSCA magazine 009』掲載インタビューに未収録分を追加、再構成したものです
 
 

2位で残った悔しさ
「出し切れずに終わった」

 
第1戦八王子大会、第2戦ソウル大会、第6戦インスブルック大会に出場したW杯ボルダーシーズンを終えて、感触はいかがでしたか?

「八王子とソウルは課題の傾向が変わっていて、不得意なパワー系やコーディネーション系が多く全体的にうまく対応できませんでした。毎年海外の大会ってそうなんですけど、今年は特に決勝メンバーに身長の高い選手が多かったので、距離感の遠さは顕著に出ていたのかなと感じています。インスブルックでは得意としているスラブや保持系の課題を確実に落とせました。何とか進めた決勝ではあまり完登できなかったけど、一つひとつの出来としては以前より対応できたので、成長は感じました」

インスブルックでは決勝第1課題でアテンプトこそ費やしてしまいましたが距離のある初手を掴むなどダイナミック系の課題に対応できている印象を受けました。

「1課題目にあった体をスイングする動きとか、4課題目にあった飛び降りるような動きはもともと得意だったのでむしろ落としたかったんですけど、準決勝1課題目のような単純な縦の飛距離というのはまったく駄目でした。最近は自分の得意としているスイング系が入ってきたので、そういうのは確実に落としつつ、縦に距離を出す練習もして、もっと上達のスピードを加速させていきたいです」

 

写真:© Jan Virt/IFSC

銀メダルを獲得したリードW杯初戦のインスブルック大会を振り返ると?

「インスブルックはまず初戦ということで自分がどれぐらいの立ち位置にいるのかまったくわからず、予選から緊張したし不安だったし、予選の片方のルートではヤンヤ(・ガンブレット)にもセオ(ソ・チェヒョン)にも負けていたので、やっぱりあの2人は強いなと思いました。決勝でヤンヤは右足を黒のビスに上げてニーバーっぽくしてゆっくり進んだんですけど、自分はそのビスを忘れて誤って左にヒールしてしまい、ムーブの選択ミスで実力を出し切れないまま終わってしまったのですごく悔しいし、仮にあの高度で優勝していたとしても同じように悔いは残ったと思います」

銀メダルという結果は良かったものの、もう少し課題に触りたかったと。

「そうですね。単純にもっと課題を楽しみたかったです」

 

インスブルックでのW杯リード初戦から表彰台に上がった(写真:© Jan Virt/IFSC)

まだ1戦を終えたばかりですが今年のリードW杯の課題内容はいかがでしたか?

「1戦に出た限りだと結構締まっていて、“確実に完登系”というよりは、攻めた登りをして出し切って、それで妥当な順位がつくという感じでした。リードが得意な自分としては難しい課題にしてくれるのはありがたいし、有利だなと考えています」

得意とするリードでの改善点はありましたか?

「予選は下部から思ったより締まっていたので登りがゆっくりになってしまい、少しペースが遅かったのと、準決勝も下のほうを手堅く行き過ぎたので腕の疲労が溜まってくるのが若干速い気がしたから、多少リスクがあってももうちょっとペースを上げて、その分、上のほうでじっくり休みながらできるようにペース配分を意識しながらできたらいいなと感じました」

 

写真:© Lena Drapella/IFSC

他の選手からインスブルックはお気に入りの場所だと聞くことがあります。森選手はいかがですか?

「観客の盛り上がりがすごいし、会場となるジムは屋内にも壁があるんですけど、そこのリード壁はすごく楽しいし、開放感もあって、リードのジムの中では一番好きです。ボルダーの決勝前とか、リードの決勝前とか、隙あらば登っていたいと思えるほど好きです」

 
 

楽しい授業は“スポーツ倫理学”
20歳の実感は「全然ない」

 
競技以外の話もお伺いします。今年の春で2年生となった大学生活は順調ですか?

「インスブルック遠征で10日間ほど休んでしまったので、今はその分の自主学習をしています。単位が取れれば問題ないですけど、やっぱりW杯に出ると遅れてしまう部分があるので、両立は中々難しいなと実感します。でもそれを承知で大学に入ったので、何とか自分だったらできるという思いで過ごしています」

楽しかったり興味が高まったりした授業はありますか?

「スポーツ倫理学が意外に面白いなって。反則、ドーピング、体罰などの行為をあらためて批判的に問い直してみたり、あるいはそうしてしまう側の気持ちを考えてみたり。スポーツを今までになかった視点から捉えるのは新たな発見があって、クライミングにも何か通じるところがあるんじゃないかなと思っています」

今後学びたい方向性は決まっていますか?

「教師か指導者かですごく迷っています。クライミングにこんなにお世話になっているし、自分の経験もあるから、それを子どもたちに伝えたい気持ちもあるけど、入学してから教師への憧れも出てきているので、今はそこで迷い中です」

普段の大学での勉強とクライミングの割合は?

「高校の頃はクライミング軸で生活していたし、頭もクライミングでいっぱいだったけど、大学では勉強や友達との付き合いもあるので大学が6割、クライミングが4割ぐらいです。単純に時間で考えたら大学にいるほうが長いですね。クライミングに集中できていないわけではなくて、逆にいい感じでバランスが取れて楽しみつつ結果も残せているので、ちょうどいいのかな」

今年の9月で20歳を迎えます。実感はありますか?

「全然ないですね。この間は飲食店で小学生以下に配っていた飴を店員さんがくれたり、おもちゃコーナーで『好きなのを1個持っていっていいよ』って言われたり……(笑)。子どもっぽく見られやすいのを自分でも自覚していて、だからあまり20歳になる実感は湧かないんですけど、でも大きな一歩という感じがします。今まで親に頼ってきた部分も多いので、20歳を区切りに自立してもっと人間力を身に付けていきたいです」

 

写真:© Jan Virt/IFSC

 
 

最も重要な世界選手権へ
「パリ五輪に出たい」

 
日本代表に内定している8月の世界選手権(スイス・ベルン)はどういう大会だと捉えていますか? 2024年パリ五輪の出場権が懸かっています。

「今シーズンで一番重要な大会です。やっぱりパリ五輪には出たいし、早めに決めておきたい気持ちもあります。でも自分は結構ストイックだから、今から追い込んでしまうと直前に燃え尽きてしまう予感もするので、気合は7、8割ぐらいに抑えて、その分、自分がいつもモットーとしている楽しむ気持ちを忘れずに一生懸命やりたいです。結果は良くも悪くも出たものがすべてだと思うので、あまり気負い過ぎずに精一杯やろうと、シンプルにそう考えています」

ボルダー&リード種目では国内外で出場した3大会すべてで優勝しました。この種目について手ごたえはありますか?

「(東京五輪で採用された3種目複合から)自分の足を引っ張っていたスピードが外れたので、しっかりリードで実力を出し切ってボルダーもできるだけ高い順位を取ることができれば表彰台、優勝の可能性は十分あると思っています。パリ五輪は決して遠い夢ではないと感じています」

 

23年4月のボルダー&リードジャパンカップ女子表彰台(写真:窪田亮)

リードを得意としていることで、ボルダーでつまづいても挽回できるという考えはありますか?

「ボルダーメインの人と比べると『まだリードがある』とは思えるんですけど、逆にリードが終わるまでずっと不安で、『ボルダーでコケたからリードを頑張らないといけない』と思いながら進めるのもプレッシャーがあるので、ボルダーでいい成績を残して、リードもこの調子で頑張るぞっていう流れができたら一番いいですね」

鍵はボルダーにあると。

「そうですね。リードはミスをせず、今ある実力を出し切ればおのずと結果もついてくる。ボルダーは課題の傾向によってだいぶ順位が変わるので、そこは運勝負でもあるのかなと思います」

 

写真:© Jan Virt/IFSC

東京五輪での順位の掛け算から、パリ五輪はパフォーマンスに応じたポイントを足し算していく方式となります。

「自分はランジなどでアテンプトをかけてしまいがちなので、1トライの重みが減るのは悪くないし、リードも以前だと1位と2位とではだいぶ順位が変わってしまったけど、今回は1手ごとにポイントが足されていくので、アテンプトを重ねやすい面でも、リードを得意としている面でも自分にとっては有利だと考えています」

ボルダーはアテンプトを費やすごとに0.1ポイントの減点。10回失敗してもマイナス1ポイントにしかならないということですね。

「はい。リードの下部1手分にしかならない感じですね」

世界選手権まであと1カ月少しです。どう調整していきますか?

「インスブルックから帰ってきて、時差ボケと疲労があってゆっくりしていたんですけど、だいぶ疲労も抜けてきました。7月上旬までの大学のテスト期間が終わって夏休みに入ればしっかり練習できるので、まずは足を引っ張っているコーディネーションの動きに取り組んで、ボルダーの練習をリードにも生かしたいです。リードは単純な持久力も重要になってくるので、長所としている持久力をさらに磨いて、ボルダーとリードを同時進行で仕上げていきたいです」

ちょうど夏休みに入るのでクライミングに集中できますね。

「残り1カ月でどれぐらい上げられるか、という感じですね。10月頭まで夏休みなので、9月にあるW杯のコペル大会と呉江大会にも出場できる予定です」

その期間は勉強も抑えめに?

「でも英語の勉強はやりたいです」

今の英語力は?

「リスニングは得意なんですけど、言葉を返そうとするとまだ詰まってしまいます。そこが上達できれば海外の友達ができて一緒に高め合ったり大会ごとに会えるのがモチベーションになったりすると思うので、英語に関しては勉強を続けていきたいです」

 

写真:© Dimitris Tosidis/IFSC

最後に世界選手権での目標を教えてください。

「一番の目標はボルダー&リード種目で表彰台に乗って、パリ五輪の出場権を獲得することです。得意とするリードの単種目でも決勝まで残りたい。決勝はすごく面白そうな課題が待っているはずです。今回のインスブルックで悔しさが残ったので、今度はそういう思いをしないように、なるべく長い時間楽しめるように全力を尽くしたいと思います」

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 © Lena Drapella/IFSC

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PROFILE

森秋彩 (もり・あい)

2003年9月17日、茨城県生まれ。茨城県山岳連盟所属。15歳で出場した19年世界選手権リードで日本人史上最年少メダル(銅)に輝く。圧巻の保持力、持久力を武器にリードで国内随一の強さを誇り、22年W杯では絶対女王のヤンヤ・ガンブレットを破り2戦2勝。パリ五輪フォーマットのボルダー&リード種目でも出場3大会で全勝している。スポーツを学ぶ大学と競技の両立を図りながら、世界選手権女子日本代表にいち早く内定した。(写真:窪田亮)

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