FEATURE 145

独占インタビュー

森秋彩 – Going My Way – 天才少女の新たな船出


2019年の世界選手権で日本人最年少メダルを手にした天才少女は、21年にBJC、LJCの2冠を達成。今年はLJC3連覇の偉業も成し遂げた。今春の高校卒業後は大学進学という道を選択。遊びにも、クライミングにも、勉学にも全力の18歳は、探求心でいっぱいだ。

※本記事の内容は2022年3月発行『CLIMBERS #023』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2022年3月10日)
 
 

“攻めの姿勢”でLJC3連覇
理想は「大胆かつ正確」な登り

 
本日はよろしくお願いいたします。以前の本誌インタビュー出演時(2019年12月発行#014)に比べて、少し背が伸びた印象があります。

「1、2cmですが少し伸びています。個人的には背が伸びたというよりも、苦手なランジで飛び出す距離が以前よりも出せるようになったという変化を感じています」

 
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スポーツクライミングが五輪で初実施された、昨夏の東京大会を観て感じたことを教えてください。

「各国の代表選手たちがとてもかっこよく、そして強く見えました。あともう少しで自分も出場できたんだと考えたら次のパリには必ず出たいと思ったし、(女子3位だった)野口(啓代)さんから『出て良かったし、絶対に出たほうが良いよ』と言われてよりその気持ちが強まりました。また野口さん自身も周りの選手も、普段の国際大会とは空気感や緊張感が全然違ってとても緊張していたと聞きました。自分は特にネガティブだから、その場に立った時にどうやってメンタルを安定させるか、周りからの期待に負けない精神力の強さも鍛えていかなきゃなと思いました」

 

メンタルを強くするために、何か考えていることはありますか?

「自分はプレッシャーを感じることがストレスだと思っていたけど、野口さんの自伝本『私とクライミング』を読んだらプレッシャーがないと楽しくないというか、『それがあるからこそ楽しい』というふうに書かれていて。確かに期待してもらえることはありがたいことだなと気がつけたし、他競技だとフィギュアスケートの羽生結弦選手の滑りを観て、クライミングよりもメジャーで大勢の人からの期待を抱えているのにあんなに堂々とできてすごいと感じました。それがあったから、3月のリードジャパンカップ(以下LJC)決勝で最後の競技順だった時、『羽生選手はもっとすごい期待を抱えているんだ』と思い出したら緊張がほぐれてのびのびと登ることができました」

先日、野口さん、楢崎智亜・明智兄弟、池田雄大選手によるYouTubeチャンネルに出演されました。野口さんとの対談で印象に残っていることはありますか?

「『オリンピックの前に逃げ出したくなったことはないんですか?』と聞いたら『いっぱいある』と即答していたのが意外だなと思って。ずっとトップにいて順風満帆な感じに見えていたからつらい時期があったなんて知らなかったし、野口さんでも逃げ出したくなることがあるとわかって『自分だけじゃないんだ』って気が楽になったというか、みんな乗り越えてることなんだなと勇気づけられました」

先ほど話に出たLJCはボルダリングジャパンカップ(以下BJC)から2週連続での開催でした。

「BJC、LJCともにダイナミックな感じの課題があって、苦手なんだけどなと感じることが多かったんですけど、その中でも両方決勝に残れたし、自分の弱点が以前より改善できていると感じられたのでそこは順位に関係なく良かったです。でもムーブを間違えちゃったり、オブザベーション能力が足りないとも思ったから、見る目のほうも強化していきたいですね」

4位に終わったBJCの収穫は?

「ダイナミックな課題を数本登れたし、得意系は無駄打ちせずにしっかりオンサイトできました。普段からそういう練習をしていることが順位にも繋がったと思います」

LJCは全ラウンド1位で3連覇を達成しました。連覇のことは意識していたのでしょうか?

「なるべく考えないようにしていました。全力で登れば自ずと結果はついてくると思ったから、ただひたすら目の前の課題を完登することしか頭になかったです」

決勝は最終競技者として登場し、唯一の完登を果たしました。

「やっぱり忘れようとしても3連覇のことは思い出しちゃうし、『期待されてるかな?』とかいろいろと考えちゃったりしたけど、でも壁の前に立ったら無心になれて、周りの声も聞こえないくらい集中できて気がついたらゴール前にいました」

 

3月のLJC決勝でただ一人完登を記録。大会3連覇を成し遂げた(写真:窪田亮)

腕はパンプしていなかった?

「そこまでしてなかったです。最後の数手が距離のあるムーブで、体は疲労で少しヨレてもいたけど、BJCが近かったのでリードと並行してボルダリングの練習もしていたから、突破力が普段以上についていてうまく攻略できました」

LJCの囲み取材では大会のテーマとして「攻めの登り」を掲げていましたよね。

「最近、ランジをはじめとしたダイナミックな登りがリードでも出てくるようになりました。自分はそういうリスクのある動きが苦手で、そこでもごもごしちゃって疲れてしまうことがあります。考え過ぎずに飛び出して一気にゴールまで切り抜ける、ヤンヤ(・ガンブレット)とか(野中)生萌さんみたいな“攻め続ける登り”が自分の理想でかっこいいなと思っていて、そういった意味で攻めの登りがしたいと話しています」

かねてから発言されている「かっこいいクライマーになりたい」というコメントにはそういう意図があったのですね。

「じわじわ登るような動きがかっこいいと言ってくれる人もいるけど、自分的にはそうじゃなくて海外選手みたいに『大胆だけど正確に登っていく』のが理想です。LJCでは予選の片方のルートにランジがあったけど迷わず行けたし、決勝の上部もボルダーチックだったけど落ちることを恐れずに進めたので自信に繋がりました」

 

反対に改善点は見えましたか?

「持久力的にはゆとりがあったけど、やっぱり突破力はまだ足りていません。特にW杯だと核心部で不安になりヒヤッとすることが多く、少しでもネガティブな感情が出てくると下部で落ちてしまうことがあるから、そういう邪念みたいなものを捨てたい。ボルダー力も強化して、長所を伸ばすばかりじゃなく苦手を克服していくところにフォーカスしていきたいです」

森選手は好きな課題を多く登ることで持久力やスタティックな動きといった長所を伸ばしてきた印象がありますが、これからはダイナミック系などの苦手克服にも時間をかけていきたいということですね。

「好きなのもやるけど、苦手系にも取り組んでオールマイティに強くなれれば、その後はもっと楽しくなる。この先をもっと楽しくしていくには、今楽しいことだけじゃなくて嫌なこともやらないといけないと思っています」

 
 

高校卒業と大学進学
“文武両道”への挑戦

 
日本代表に選ばれた昨年は、国際大会の出場がありませんでした。大学進学の準備などがあったそうですね。

「はい。AC入試というのがあって、ただ勉強するだけではなくて自分を分析するレポート提出のための作業を3カ月ほど行っていました。それをまとめるのに必死だったというのもあるし、海外遠征でのコロナ感染の危険性や、隔離期間があるために大好きなクライミングがその後しばらくできなくなるのが自分的にはつらいなって」

SNSでは森選手の姿が大会にないことを寂しがるコメントを、国内外問わず多く見かけました。

「そう思ってくれている人がいるのはすごくありがたいと思うし、かっこいい登りをまた見せられたらと思う反面、楽しんで登っている姿を見るのをみなさんも望んでくれていると思うから、あまり気にせずに楽しむということを忘れずやっていきたいです」

今春で高校卒業となります。どのような学生生活を過ごしましたか?

「単位制の学校だったので、授業内容やスケジュールはすべて自分で決めていました」

どの授業が好きでしたか?

「体育と美術です。興味のある分野の単位はすぐ取り終わっちゃって、だからいつも数学や理科の単位が残っていました(笑)」

高校時代の思い出はありますか?

「W杯に初参戦できてスイスや中国などに遠征した時のことはよく覚えているし、国体で一緒に出場する相方とは学校も近くて仲が良く、たまに遊んだりします。最近では卒業前に制服でご飯を食べに行ってプリクラを撮ったりしました。コロナ禍になって自宅で家族全員で過ごす機会が増えてそれが楽しかったし、だからこそ家族のありがたみも感じられました」

家族とはどのように過ごしていましたか?

「『Nintendo Switch』やボードゲーム、トランプで遊んだり、ジムに行けなかった時は弟とスケボーを始めたりしました」

ゲームはどんなジャンルが好きですか?

「マリオカートとか、太鼓の達人、体を動かすスポーツ系も好きです。弟はゲームが大好きなので、教えてもらいながらやってます」

マリオカートでよく使うキャラクター、太鼓の達人のお気に入り曲は?

「マリオカートは『ヨッシー』で、太鼓の達人は(ファンである)『SEKAI NO OWARI』の『RPG』です」

 

4月からは地元・茨城県の筑波大学に進学すると聞いています。高校卒業後にプロを選択するクライマーもいる中で、大学進学を決めた理由を教えてください。

「プロになることも選択肢の1つだったけど、それを職業にしてしまうとクライミング自体を楽しめなくなってしまうのでは、という不安を感じたし、選手生活が終わってからの人生のほうが長いと思うから、その後のことも考えると経験や知識が豊富なほうが役に立つかなって。(地元の大学のため)今の環境を変えずに、大学に通いながら練習できるのもいいなと思いました」

大学での専攻は?

「体育専門学群というところで、1年次に栄養学や心理学、分析系など幅広く学んで、2、3年次に自分で専攻したいものを選び、最終的に卒論まで進めていく感じです」

体育・スポーツを深く学ぶことにずっと興味があったのでしょうか?

「他の学部とかも調べて、もっと知りたいことがあればそっちも考えたいと思ったけど、体育以外に興味が湧かなかったので一択でした」

AC入試ではどのようなレポートを提出しましたか?

「自分のパフォーマンスに生かせることが良いと思って、苦手なランジのどういう点が自分はダメなのかを自己流のスポーツバイオメカニクスで分析しました。体の至るところにシールを付けて映像を撮り、成功時と失敗時のデータをいっぱい取って、0.03秒ずつくらいに細分化して体のそれぞれの部分の動きと全体の動きの関係を調べました。比較すると、初速や壁と腰の距離に違いがあり、また上半身と下半身の連動性にズレがあることがわかったので、そこを意識して練習するようになったら実際に改善することができたんです」

大学の講義ではどの分野に興味がありますか?

「入試の時の分析で『なるほど』と思ったスポーツバイオメカニクスとか、将来は指導者も視野に入れていきたいので、コーチング学やコミュニケーション能力を高めることにも興味があります。英語、栄養学もそうだし、今はいろいろ学びたいことがあって絞れないです」

大学生活が楽しみなのでは?

「楽しみですね」

大学とクライミングの両立はしていきたいと考えていますか?

「そうですね。自分で大学に行くと決めたので。両立はなかなか大変だとは思うけど、自分にはできると思っているので、将来のための勉強もしっかりしつつ、クライマーとしての成績も残してどちらも頑張っていきたいです」

 

将来的にはコーチングにも興味があるとのお話でしたが、今後のキャリアについて考えていることはありますか?

「選手として得られた経験を無駄にしたくないから、これから選手を目指していく人に伝えて日本のクライミング界を盛り上げていきたいと思う反面、今までクライミング一筋だったのでまったく関係ないことにも少し興味があって。教えることが好きだから学校の先生とか、子どもが好きだから保育士とか、違うことをやるのも第2の人生みたいでいいなとも感じてます」

スポーツや体を動かすのが大好きとのことですが、クライミング以外でのスポーツとの関り方は?

「たまに息抜きとしてスケボーをしています。走るのは苦手で、卓球とかバドミントンとか球技が割と得意です」

東京五輪でクライミング以外に観戦した競技はありますか?

「やっぱりスケボーです。出場選手が自分よりも若くて、五輪は今まで大人の世界というか、トップアスリートがメダル争いをしてるイメージだったけど、今回は中学生もいて、堅苦しい感じじゃなく楽しくワイワイやってる感じが昔のクライミングの試合に似てるなと思いました。今はクライミングも競技化が本格的になっているけど、以前はお祭りっぽい感じでやってたからその頃の気持ちを忘れないようにしたいなって」

 
 

クライミングを「一生楽しみたい」
パリ、ロサンゼルスは通過点

 
パリ五輪についてはどう捉えていますか?

「直近の目標ではありますが、自分の最大の目標は『一生でクライミングを楽しんでいくこと』なので、その通過点として2024年のパリ大会、2028年のロサンゼルス大会があると考えています。五輪に出られたとしても出られなかったとしても、その後も楽しくクライミングを続けていくということに変わりはないと思うので、あまり気負い過ぎずに自分らしくのびのび登って、そしたら自ずと結果もついてくると思います。出場できることになれば、観てくださる方々に希望を与えられるような立派な登りができるクライマーになれるよう、全力で頑張っていきたいです」

 

パリ五輪は実施種目が「2種目複合」と「スピード単種目」に分かれます。

「スピードが苦手だった自分にとっては有利だと思っています。リードでは確実にトップを取ること、ボルダリングでは苦手を克服してダイナミックな動きにどれだけ対応できるかということが鍵になると思うのでそこを積極的に練習したいし、今は壁で登っているだけなので筋力トレーニングを取り入れることも考えています」

筋力トレーニングはまったくしていないのですか?

「一度取り入れてみたけど自分に合っている感じがあまりしなくて、今は登っているだけですね。でも、ある程度は強くなれるけど行き詰まっている気もするから、何かやったほうがいいかなと考えています」

直近の目標だというパリ五輪に向けて、どのように大会に出場し、また自分を高めていきたいですか?

「できれば海外のW杯にも行きたいけど、今年は大学生活の状況がまだ読めないので、はっきりとした出場予定は決まっていません。今は国内では勝てるけど世界ではまだ実力不足だと思うので、筋力やどんな課題にも対応できるオールマイティさを強化して短所がなく、さらにリードではずば抜けて強い選手を目指していきたいです」

「一生クライミングを楽しんでいきたい」ということでしたが、最後に森選手が感じるクライミングの魅力を教えてください。

「小さい子どもからお年寄りの方までハンデなしに全力で取り組むことができて、他のスポーツと違って楽しみ方が一つじゃないというか、自由な発想を生かせるのがクライミングにしかない唯一無二の魅力だと思います。例えば陸上だと『何秒台を出したら世界新』というふうにはっきりしているけど、クライミングには終わりがない。そういった意味でも一生楽しめるスポーツだと思うので、そこが魅力です」

 

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 永峰拓也 / 撮影協力 フライハイト ボルダリングジム

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PROFILE

森秋彩 (もり・あい)

2003年9月17日生まれ、茨城県出身。茨城県山岳連盟所属。父親と一緒にクライミングを始め、小学生時代から国内外の大会で活躍。15歳で出場した19年世界選手権リードで日本人史上最年少メダル(銅)に輝く。ボルダリングでは緩傾斜課題を大得意とし、21年のジャパンカップで初優勝。リードでは底なしの持久力で22年にジャパンカップ3連覇を成し遂げた。

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