FEATURE 153

インタビュー

ヤコブ・シューベルト パリへと燃やす闘志「五輪のメダルは何色でも素晴らしい」


2023年4月、東京・八王子で行われたクライミングワールドカップボルダー第1戦終了後の翌日。東京五輪以来の来日だというマムート・プロチームアスリートのヤコブ・シューベルトに話を聞いた。五輪銅メダリストに輝いた32歳のベテランは、再び大舞台を目指している。

まずは昨日まで八王子で行われたワールドカップの感想から教えてください。残念ながら予選敗退でした。

「気分的には最高な感じで入れましたけど、なかなか難しいもので、ミスが許されない状況でダイノを失敗してしまい準決勝に進むことができませんでした。ジンクスとまではいきませんが、ワールドカップの初戦はうまくいかないことが多いので、今年こそはと思っていましたが残念でした」

日本滞在は東京五輪以来ですか?

「たぶん、そう思います(笑)」

 

あらためて銅メダルを獲得した東京五輪を振り返ると?

「時間が経ってようやく結果が自分の中にストンと落ちてきた感じです。キャリアの中で最も重要な大会だったと思いますし、クライミングが初めて五輪競技になったこと、メダル獲得を目標に掲げていたこともあって、とても素晴らしく信じられない出来事で、そして忘れ難い体験でした。一生忘れることはないと思います。またこういった質問を聞くとあらためてメダルを獲れてよかったなと感じられます」

今でも五輪の光景は思い出しますか?

「鮮明に覚えています。メダルを獲ったことよりも、競技ルールが少し複雑だったので、リードを登り終えた時に『メダルを獲れたのか? どうなのか?』と状況がわからず、コーチが(メダル獲得の)サインをしてくれて初めてメダルを手にできたんだと感じたことを覚えていますよ(笑)」

 

スポーツクライミングが初めて五輪で採用されたこと、ご自身がメダルを獲得したことで周囲に変化はありましたか?

「確かに私の名前が少し有名になったことはありますけど、特に大きく変わったことはないですね。私が暮らすインスブルックですでに私はよく知られた存在でしたから。でもオーストリアのクライミングがあまり知られてないところで私の名前が知られるようになったのも確かなことです。五輪という大規模な大会でクライミングが競技になったというのも大きなことだったと思います」

2024年にはパリ五輪が行われます。ご自身の中でどういった大会だと捉えていますか?

「東京五輪以前からパリ五輪に出たいと思っていました。非常に高いモチベーションがありますし、体の調子もいいのでぜひ狙いたい大会です。東京五輪に参加して、その雰囲気を経験して、もう1度トライしたい気持ちが強まりました。他のアスリートと同じように、再び五輪代表になれるように頑張りたいですね」

 

目指すのは銅メダルよりもいい色ですか?

「もちろんアスリートとしてトップを狙うのは自然なことだと思います。でもパリで銅メダルを獲ったとしても、私はそれを誇りに思います。五輪のメダルは何色でも素晴らしいものだと思っているからです」

パリ五輪では東京五輪の3種目複合からスピードとボルダー&リードに種目が分かれます。3種目それぞれで実施されるのが最も望ましいとは思いますが、パリ五輪のフォーマットについてはどう感じていますか?

「少し複雑な気分もどこかにあって、3つのメダルがボルダリング、リード、スピードそれぞれに用意されることが一番だと思っていますけど、でも正しい方向に向かっていると思います。私自身、東京五輪に際して初めてスピードを練習したくらいなので、やはりスピードは他の種目と比べて全く異なるものです。パリに向けて自分が大好きで得意とするリードとボルダリングに専念できるのはとてもいいことです」

 

昨年行われたヨーロッパ選手権2022のボルダー&リード種目で優勝するなどシューベルト選手は実際にパリ五輪フォーマットを戦っていますが、ボルダー1課題完登で25ポイントなどといったルールに関してはどう感じていますか?

「重要になってくるのがルートセッティングだと思います。ルートセッティングがダメだとすべてが台無しになってしまいます。でもボルダーの1課題完登25ポイント×4課題で100ポイントというのはいいシステムではないでしょうか。リードに関しては、最後のムーブのほうが最初のムーブよりもポイントが高く設定されていますよね。そこをどういうふうに配分していくかが難しいところになってくると思いますが、私自身もこのフォーマットで戦ったのがヨーロッパ選手権のみなので、まだ詳しくはわかっていません。そしてIFSC(国際スポーツクライミング連盟)もきちんとテストできてないと思うんです。このシステムが本当にうまく機能するかまだわかりませんし、機能しない可能性もあるので、そうなるとやはりルートセッティングがすごく重要になってくるでしょう。こういった問題があるので、やはりコンバインドではなく、各種目それぞれにメダルを設けるのが一番いいと思っています」

 

2022年に行われた欧州選手権でリード完登に迫るシューベルト(写真:© Tobias Lanzanasto)

東京五輪での順位を掛け算する方式と、パリ五輪でのパフォーマンスに応じたポイントを足し算していく方式。どちらが好みですか?

「メリットとデメリットがどちらにもあると思っています。掛け算方式のメリットは各種目の価値が等しく保たれている点です。足し算方式の新しいモデルは他のクライマーのパフォーマンスからの影響が少なく、自分自身の努力と結果が重要になってきます。ただし、繰り返しになりますが、このモデルに限ったことではないですが課題のセッティングがうまくいかなかった場合は1つの種目ですべてが決まってしまう可能性があるため、ルートセッティングの質がかなり重要になると思います。セッターが良い課題をつくってくれることを期待しています」

昨年のワールドカップで複数の金メダルを獲得するなどした日本のクライマーのリードでの活躍の理由をどう感じていますか?

「日本人クライマーの中からリードでも才能を持ったクライマーが出てくることはとても素晴らしいことですし、昨年日本人が多く活躍したことに特別な理由があるとは思っていません。昨年はあまりリードW杯に出場していなかったので、活躍したクライマーたちと今年競い合うのが楽しみです。ベルンでの世界選手権でも、私やアダム・オンドラなどのベテラン勢と若手の対決が楽しみですね」

 

長年活躍されているシューベルト選手ですが、道具へのこだわりはありますか?

「もちろんあります。大切なのは自分が安全だと感じられること。これに尽きます。長年クライミングを楽しんでいる中で、本当に素晴らしいスポンサーと巡り会えて、ハーネスにしろロープにしろウェアにしろ、長くそれらを使っています。クライミングを始めたのは12歳の時でしたが、14歳からマムートに協賛してもらっています。マムートファミリーの一員であることに大きな喜びを感じています。そして製品をより良くしていこうという活動にも関わらせていただいてます。これからもマムートさんと一緒にクライミングしていきたいですね」

最後に今後の目標を教えてください。

「今シーズンの目標はもちろんパリ五輪の切符を獲得することです。つまり8月に行われる世界選手権がとても重要になってきます。そこでトップ3に入れなかった場合は、ヨーロッパ予選で代表権を勝ち取りたいです。さらにロッククライミングでもノルウェーの『BIG』、フランスの『DNA』(いずれもリード)、スイスの『Alphane』(ボルダー)と3つの大きなプロジェクトがあり、それも目標ですね」

 

ノルウェーの「BIG」(写真:© Johannes Mair/Alpsolut Pictures)

 

フランスの「DNA」(写真:© Johannes Mair/Alpsolut Pictures)

まずは今年の五輪代表出場権獲得を願っています。

「ありがとう、必ずやり遂げます」

 

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 窪田亮 / 協力 MAMMUT SPORTS GROUP JAPAN

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PROFILE

ヤコブ・シューベルト (オーストリア)

1990年12月31日生まれ、オーストリア出身。2011年、14年、18年のリードW杯年間王者であり、12年と18年の世界選手権リード王者。ボルダリングでもW杯3戦で優勝経験を持つ。21年の東京五輪決勝では得意のリードで唯一完登し銅メダルに輝いた。パリ五輪フォーマットで行われた22年のヨーロッパ選手権で優勝。ベテランとなってもなおトップクラスの実力を誇る。(写真:© Simon Rainer)

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