FEATURE 152

公開記念インタビュー

小林幸一郎と鈴木直也 “ふたりの主人公”に聞く、映画『ライフ・イズ・クライミング!』


パラクライミング世界選手権4連覇を成し遂げた視力を失ったクライマーとその相棒が、アメリカへ旅に出て、想像を超えるクライミングに挑むまでを描いたドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』。5月12日より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国映画館で公開されることを記念して、出演した小林幸一郎氏と鈴木直也氏に話を聞いた。

[作品紹介]
 視力を失ったクライマー・コバ(小林幸一郎)と、彼の視力となるサイトガイド・ナオヤ(鈴木直也)。ふたりの出会いは2001年。「右手、1 時半、遠め。右、右、右!」。相棒・ナオヤの声を自分の目のように頼り、8の字結びのロープでつながり、命をゆだねて岩を登るクライマー・コバ。やがて彼らはパラクライミング世界選手権で4連覇を成し遂げ、2021年、ユタ州の大地に聳え立つ真っ赤な砂岩フィッシャー・タワーズの尖塔に立つことを目指し、アメリカへと旅に出る。
 
 想像を超える大自然、何億年もかけて作り上げられたダイナミックな岩山の絶景、コバの人生を変えた恩人で、世界7大陸の最高峰を制覇した全盲クライマーエリック・ヴァイエンマイヤー氏との再会。そこには、とびきりポジティブな心と溢れる笑顔、そして、ゆるぎないふたりの絆があった。そして、旅の目的地、フィッシャー・タワーズへ。不思議な造形をした岩の尖塔に、視力を失ったクライマーが相棒の声だけを頼りに、一体どうやって登るのか? 不可能とも思える無謀な挑戦にふたりが臨む。
 
 監督は、本作が映画デビュー作品となる中原想吉。2016年にTV番組『ザ・ノンフィクション』でコバを密着取材。その後、再会を果たし、本作のメガホンをとることに。主題歌は、MONKEY MAJIKの『Amazing』。コバのクライミングに衝撃をうけ、映画をイメージして完成させた楽曲。出演者、監督、音楽、すべてが見えないチカラに引き寄せられるように結び合って完成した。
 

 
 
本日はよろしくお願いいたします。まずは事前に映画をご覧になった(全盲の小林さんは本作品に導入される視覚障害者向けの音声ガイドを用いて鑑賞)感想から教えてください。
小林 吹いていた風、聞いていた音たち。アメリカで“感じた景色”が蘇ってくるような描写を付けていただいたおかげで、旅の要素が自分の中に帰ってくる感覚がありました。観られてよかったです。
鈴木 これは単なるロードトリップであって、いつも通りに好きなものをやって、登る。僕にとっては本当にそれだけで、それをたまたまと言ったら失礼ですけど、監督さんがいて、現地では2台のカメラで僕らのありのままを撮っている。どういう映像になるのかいろいろと妄想していましたが、大満足でした。同時に「感謝」の2文字が頭の中に浮かびました。こんなにいい映像をつくっていただいて「ありがとう」と。
小林 映画なんてさ、一生に1回だよなぁ。宝ですよ。
鈴木 「本当にいいのかな?」みたいな、そういう気持ちです。
 
映画の話が出たのは何年前ですか?
鈴木 2018年?
小林 2018年だね。
鈴木 「コバちゃんに登らせたい岩があるんだけど、ユタに。行ってみない?」って。
 
映画化の以前からそういった会話があったのですね。
鈴木 映画の映の字もないですよ。海外で登るのはコバちゃんとちょくちょく行っていて、その感覚で「アメリカで変なタワーがあるから、今度登っちゃおうぜ」みたいな。僕は趣味で映像を撮るのが好きで、今は休業中のガイド業をしていた時にお客さんに動画をプレゼントしていたんです。それでコバちゃんとの旅でもよく動画を撮っていたんですよ。
 

小林さんが挑んだユタ州の砂岩「フィッシャー・タワーズ」

 
映画で使われていた過去の映像にも使用されていましたね。
鈴木 そうですそうです。それで「動画また撮っちゃう?」みたいな話から、昔コバちゃんが出た『ザ・ノンフィクション』のカメラマン兼監督さんというのかな、その中原さんという方にコバちゃんが「こんな感じで直也と行くんだけど」みたいに言ったら、気づいたら映画をやろう!ということになったみたいで(笑)。
小林 話をしたら、誰がお金を出してくれると決まっていたわけでもないんですけど、「映画にしよう」って持ちかけてくれたんです。
 
予告編にも映っていますが、フィッシャー・タワーズを登る途中、クライミングシューズが脱げるというハプニングがありました。
鈴木 あれはわざとです(笑)。ひどいですよね(笑)。
小林 みんなに言われるんですよ(笑)。目が見えない人って、自分のものをどこに置いたかわからなくなるから、シューズとかをハーネスのギアラックに下げてるんですよ。いつものようにそうしていて、マルチのピッチを切って、さぁ自分の番だと履こうと思ったら片方がなぜか入らなくて。
鈴木 声が通らないので、僕は途中まで知らなかったんです。最初は冗談だろうと思ったほどで。
小林 よりによってドローンで撮影中にシューズを落とすという初めての経験をするとは思わなかったです。
 
映画の中で1つ印象的だったのが、大会で他の海外選手はヘッドセットを使って指示を受ける中、鈴木さんは地声で小林さんをガイドしていました。
小林 やっぱり人と人との繋がり、コミュニケーションって大切なことだと思うんです。そういう中で、大会の中で言えばああやって叫んでくれる直也の声が、一緒に勝ちにいこうっていう気持ちになって伝わってくる。それが自分を鼓舞してくれるんです。
鈴木 実は1回だけヘッドセットを使ったことがあるんです。もう12年ほど前、イタリアの大会ですね。そこでは確か全員がヘッドセットを使わなきゃいけなかった。その時に思ったのが、「俺がクライマーだったらやりづらいな」だったんですよ。
小林 煩わしいよね。
鈴木 そこから、そもそもヘッドセットを持っていなかったこともあるんですけど、もう普通に叫べばいいんじゃないか?っていう考えが僕にはあって。コバちゃんにはそれまでも直接伝えてやってきていたので、それでコバちゃんが少しでも良いパフォーマンスを出せるならこれでいこうと決めました。あとは、正直気持ちいいですよ。あんなにたくさんの人が見ている中で、僕だけが1人で喋ってるんですから(笑)。それでコバちゃんが時々「え!?」とか聞き返してくるわけじゃないですか。もうなんか自分でも楽しいし、自分も楽しみたいわけですよね(笑)。それと僕はすごく緊張するので、大声で言ったほうが緊張がほぐれるかなっていうのもあるかもしれないですね。
 

 
お互いはどんな存在ですか?
小林 直也はアメリカに10年ぐらい暮らしていて、帰国後にガイドの仕事を始めたんですけど、最初に会った時から“アメリカに住んでる日本人”っていう感じで、岩場にいる人やガイドをしている人にそんな人いないと思えるぐらい明るくて楽しくて、クライミングの技術もレベルもすごくて。英語力もそうだし、自分にはないもの全てを持っているような感じで、自分もそうであったらいいのになっていつも思える憧れの人でした。過去形じゃないね(笑)。憧れの人です。
鈴木 コバちゃんとはそれほど会わないんですよ(笑)。でも、たくさんは会わなくても安心する人なんですよね。それって僕の友達にはいないし、じゃあ何なのかって言われても僕にもわからない。ただ、一緒に旅をすると楽しいし、世界大会でコバちゃんが優勝すると後ろでやったー!なんていつも応援している。コバちゃんがいたからいろんな人と出会えたし、目に障害があっても努力を続けて、(NPO法人の)モンキーマジックを立ち上げて、世界選手権で4連覇して。それだけ何か熱いものを持っている。僕には真似できないですし、いつもプラスのものを与えてくれる。尊敬できる存在です。
 
この映画を通して伝えたいことはありますか?
小林 僕にとって、この映画の主人公は直也なんです。私みたいな杖を持っているような障害者を取り上げるものがあると、まるで障害者がその映画の主人公で、大変でかわいそうな人生を乗り越えて…みたいなのがよくあると思うんです。でもこの映画はそうではなくて、障害のある私を追いかけたものではない。障害があっても、言葉が違っても、どんな人とでも普通に付き合っていくことがどれほど楽しいことで、どれほど豊かな人生を築いていけるかを体現している直也という人を映していると思うんですね。そういう生き方をたくさんの人に見てもらいたいというのが僕の思いです。俺はダシでしかないから(笑)。
鈴木 コバちゃんの今のコメントの後に必ず言ってしまうんですけど、主人公は僕ではなくてふたりです。コバちゃんがいて、僕もいる。そして僕はありのままを出しているだけなので、何かを伝えようとはしていないんですね。一つ言えるとすれば、楽しいことをやりたいとか、ちょっと気持ちよくなりたいなとか、最近いろいろ大変だなと感じている人たちが、この90分間の映画を観て「こんなやつがいるんだ」と感じてもらえたらそれだけでうれしいですね。この映画は障害者の方だけに観てもらいたいものでもないし、だからといって健常者の方だけが見るべきものでもない。誰にでも観てもらえるような作品だと思います。
 

 
小林 なぜ『ライフ・イズ・クライミング!』というタイトルなのか。普段クライミングをフォローしている人たちが別の視点で物事を考えたり、気づいたりしてくれる。そのきっかけづくりのお手伝いができたらいいなと思います。やっぱり同じクライミング好きな仲間にも観てほしいし、若い子はスポーツクライミングの競技のほうに目が行きがちだと思うんですけど、その目線を広げてもらったり、クライマーだけじゃなくて障害のある人が目線を広げてもらったり、いろんな見方ができると思うので、いろんな人に観てほしいです。
鈴木 クライマーで映画を鑑賞される方向けに付け加えるとすれば、クライミングにはそれぞれの楽しみ方があって、コンペが一番でもないし、外で難しいものを登ることが一番でもない。クライミングはジムだけじゃないし、外だけでもない。両方とも楽しい。それぞれが思うクライミングのスタイルが一番だと僕は思います。自分が楽しいと思うスタイルでクライミングをしてほしい、ということが伝わるといいですね。
 
最後に今後の活動について教えてください。小林さんは今年3月で選手活動にいったんの区切りをつけられました。
小林 去年に少し体調を崩して、ワールドカップの出場を見送っていたんです。もう年も年だし(今年2月で55歳)、これを機に引退しようかと直也に相談したんですけど、いやいや待てと。今年8月のスイスでの世界選手権までやるだけやろうよって声をかけてくれて、それがすごいうれしくて。だから今年3月の日本選手権で日本代表権を取って、世界選手権まで頑張りたいと思っていたんです。日本選手権ではB1という全盲のクラスで2位。同じクラスで1位の選手だけが日本代表に選ばれる規定だったので、代表にはなれませんでした。今年の国際大会に出ることが目標で、そこを一つの区切りと決めていたので、結果を潔く受け入れて身を引くことにしました。代わりに、私も直也も日本パラクライミング協会の代表を務めているので、立場は変わりますが、素晴らしい出会いと素晴らしい経験をさせてもらったパラクライミングの発展のために汗をかこうと決めました。
 
代表を務めるモンキーマジックの活動にもより注力していく?
小林 そうですね。競技のパラクライミングは言うならばピラミッドの頂点だと思うんです。クライミングはできるのに関わる機会のなかった障害のある人たちに対してその機会を届けることがモンキーマジックの仕事。ピラミッドの一番下で、すそ野を広げていく役割です。今1つの目標に掲げているのは、全国47都道府県、どこにいても障害者がクライミングに関わることができる機会や場所を増やしていくこと。時間もお金も手間もかかりますけど、それが僕にとってのライフワークですし、そこに向かってモンキーマジックは歩みを止めちゃいけないと思っています。
 

 
横浜と大阪で「BUM(バム)」というクライミングジムを経営されている鈴木さんの今後は?
鈴木 ジムのほうは各店舗に店長がいるので彼らに任せられている部分が多いんですけど、クライミング器具の点検業務もしていて時期によってはかなり忙しい。それもそろそろ誰かに任せていきたいと思っています。じゃないと、コバちゃんとここに行こう、あそこに行こうって話をしていても行けないんですよ。コバちゃんもそうですけど、クライミングしたいのに本業が忙し過ぎて、結局好きなのに登れていないという現実がある。それを打破してそろそろそういう時間を作れるようなライフスタイルを築き上げていきたいです。コバちゃんもいったん大会には出ないので、時間ができたらここ行きたいねっていう場所はいくつかあって。何かすごいものを目指すわけではないんですけど、やっぱり旅に行くと楽しいんです。そういうトリップがここ1、2年の間に1本は行けたらいいなと思っています。
 

 
『ライフ・イズ・クライミング!』公式サイト
(2023年5月12日より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー)

CREDITS

インタビュー・文 編集部

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PROFILE

小林幸一郎 (こばやし・こういちろう)

1968年2月11日生まれ、東京都出身。16歳の時にフリークライミングと出会う。28歳で「網膜色素変性症」という目の進行性難病を発症し、近い将来の失明宣告を受ける。2005年、37歳でNPO法人モンキーマジックを設立。「見えない壁だって越えられる」をコンセプトに、障害者クライミング普及活動を開始。競技者としては06年に世界初のパラクライミングワールドカップに出場し視覚障害クラスで優勝、14年から19年まで(46~51歳まで)鈴木直也をサイトガイドに迎え、パラクライミング世界選手権視覚障害男子B1クラス(全盲)の4連覇を達成した。パラクライミング界のレジェンド中のレジェンドと言える存在。

PROFILE

鈴木直也 (すずき・なおや)

1976年1月18日生まれ、東京都出身。15歳の時にアメリカでフリークライミングと出会う。その後、単身で渡米。2003年に日本人初のアメリカ山岳ガイド協会公認のロッククライミングインストラクターとなる。11年からパラクライミング世界選手権の日本代表チームに同行。13年には株式会社サンドストーンを設立。国内外問わずクライミングガイドをしながらクライミングジムを横浜と大阪で経営する。

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