FEATURE 146

独占インタビュー

吉田智音 名乗りを上げる17歳


「天性の持久力はない」としながらも、努力を重ねて初のパリ五輪強化選手Sランク入り。「モットーは根性」「日本を飛び出したい」。五輪代表候補に名乗りを上げた17歳(取材当時)は、すでに自身の感性を確立させている。

※本記事の内容は2022年3月発行『CLIMBERS #023』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2022年3月15日)
 
 

17歳の世界観
「モットーは根性、日本は窮屈」

 
まずは吉田選手自身のことを、クライミングを始めた年ときっかけから教えてください。

「幼稚園の年長の頃で、6歳くらいからです。公園のコンクリートでできた崖(擁壁)や遊具の高いところに登るのがもともと大好きで、母親がネットでクライミングを見つけてくれてジムに連れて行ってもらったらドハマりしました」

クライミングにおける自身の特徴をどう考えていますか?

「リードが強みではあるんですけど、僕には天性の持久力がないというか、『生粋のリードクライマー』ではないと思っているんです。足りない持久力はすべて気合いでカバーしているというか(笑)。僕のクライミングのモットーは“根性”で、勝つための最後の決め手となるのは精神面での圧倒的なパワーだと思っているので。体格的には、自分はボルダラー寄りだと思っています。ただ、164、5cmと小柄なのもあってボルダリングで思うような成績は残せていないんですけど」

得意だと感じる部分はありますか?

「力強く進んでいくパートが続くようなルートですね」

本誌#017(2020年9月発行)に掲載した企画「ネクストブレイクは誰だ!?」で「持久力向上のために5.13台や5.14台を登ってクライムダウンしている」とコメントされていたのが印象的でした。今もクライムダウンは練習に取り入れていますか?

「よく取り入れています。半分だけ登って、降りて、違うルートに繋げることもあります。通っている『ナカガイクライミングジム』の堺:深井店(大阪府堺市)はリード壁があまり高いわけではないので、長さを出して持久力を高めるという意味でクライムダウンは有効な方法だと思っています」

クライムダウンを取り入れていることを周りから珍しがられるのでは?

「珍しがられますね(笑)。僕は普通にやってきているものなんですけど、他のジムでは見かけたことがないですし」

1本ごとのインターバルはどれくらい取っていますか?

「回復させるために1時間は取っています。練習では1本1本のトライで『自分の限界を超える』ことを頭に入れています。限界を迎えてから何手出せるかを意識しているので、そうすると1本で体力をすべて使い切っちゃうんですよ」

「天性の持久力がない」と言いつつもリードの大会で結果を残しているのは、その練習も一因としてあるということですね。

「僕の長所として、いつでも限界を超えられるというか、コントロールできるというのがあります。表現が難しいんですけど、腕がパンプして『次の一手は無理だな』と感じる人は多いと思うんですけど、そこからさらに何手か伸ばすことができる、要は『簡単には諦めない』んです(笑)。みんながやろうとしていることだとは思うんですけど、自分はそこに込める思いの量が人一倍強いと自負していて。そういう面で普段の練習では根性を鍛えられていますし、1本でしっかり出し切る持久力は付いていると思います」

 

奈良県には吉田選手の他に西田秀聖選手、谷井菜月選手をはじめリードを得意とする選手が多いですよね。その理由をどう考えますか?

「関西にあるジムの環境が関東などに比べて良いというわけではないですし、指導者も別々で、県からのサポートがあるわけでもないです。もちろん指導者の方のおかげなどがあると思いますが、県全体で強い理由はなく、個々の努力の結果なんじゃないかと思います」

憧れのクライマーはいますか?

「最近ではショーン・ベイリー選手(米国)です。彼はリードのW杯で優勝していますけど、僕より背が低いのにボルダリングのW杯でも優勝したじゃないですか。正直、僕の身長ではボルダリングでそこまでの成績を出せると思っていなかったので、希望を見せてくれました。なので最近は、日本代表ユニフォームも彼と同じように長ズボン、タンクトップを着ているんです(笑)」

この春で高校3年生となりますが、学校生活はいかがですか?

「学校の課題などで忙しく、クライミングとの両立は正直つらいですね。それと、W杯に出場し始めてからは世界がすごく好きになったというか。クライミングの環境面も良いですし、ヨーロッパで生活してみたいという気持ちが頭の中に湧いてきていて、こういう言い方が良いのかわからないですけど日本は少し窮屈だと感じています。だから『自分は今、学校で何をしているんだろう?』とよく考えてしまいます(苦笑)」

住むとしたら、本場のフランスでしょうか?

「フランス、オーストリアですかね。オーストリアのインスブルックには3、4回ほど行ったことがあって、リードの壁が高くてすごく良いジムがありますし、自然や街並みなどの環境も好きで特に生活してみたいと思える場所です」

 
 

2018年からの躍進と挫折
「自分の弱さに気がつけた」

 
ここからは競技面についてお聞きします。2018年8月のJOCオリンピックカップ優勝(ユースB)以降、ユース、シニアを問わず、主にリードの大会で表彰台に複数回上がり続けていますが、同大会が何かのターニングポイントになりましたか?

「僕にとって、あのJOCは人生を変えた試合でした。もちろん一番変わったことと言えば結果(公式戦初優勝)で、正直半分運だったとは思うんですけど、それによってアジアユース選手権に出られるようになり、コンペでの自分の持っていき方というか、精神面がすごく進歩したと思います」

国際大会を経験できたことが大きかったのでしょうか?

「はい。海外でのコンペの緊張感が僕を成長させてくれたと思っています。持論でしかないんですけど、クライミングって8割が気合いだと思うんですよ。特にリードは、手を離さなければ落ちないので(笑)。下部から緊張していると力んでしまいヨレやすくなりますけど、『自分の持っていき方』を確立していると落ち着いて登れるので、集中して自分の実力をすべて出せます。クライミングには精神面が大きく影響すると個人的には思っています」

「自分の持っていき方」とは具体的には?

「言葉にするのが難しいんですけど、緊張を不安に思うのではなく、それをうまく利用して『緊張しているからこそ、このコンペでは勝てるな』『これぐらい緊張しているから、しっかり集中できるな』とイメージする感じです。でも昨年のW杯では緊張し過ぎていて、何も考えずにフラットな感じで臨むこともありました」

昨年はW杯リード全5戦に出場し、5戦目で初の決勝に進出、その後の世界選手権でも準決勝に進み12位でした。初めてシニア国際大会に参戦したシーズンを過ごし、どのようなことを感じましたか?

「自分が想像していたよりも過酷なものでした。昨年はリードジャパンカップ(以下LJC)で優勝していたのでもう少しいけるのではないかと考えていたんですけど、心身ともに圧倒的に実力不足でした」

ボルダリングではホールドとホールドの距離感に日本と世界の差を感じると耳にすることが多いのですが、それはリードでも同様でしたか?

「リードもものすごく遠いというのが第1印象ですね。W杯1戦目からまず正規のムーブができなかったり、設定ムーブでは届かなかったり、下部から圧倒的に悪かったり。今まで経験したことのないようなルートでした」

その中で得られた収穫はありますか?

「1番は、自分の弱さにあらためて気づかされたことです。そのおかげで練習により集中でき、最終戦のクラーニ大会では決勝に残ることができました。誰も僕に期待していないのに、勝手に自分で背負っていたプレッシャーを降ろしたという感覚です」

反対に感じた課題はありますか?

「まだボルダリングの力が足りていません。やっぱり、自分が簡単だと思えるムーブの幅を広げることが持久力にも繋がると思うんですよ。急に『これ悪いな』と思ってしまったら、そこで力んでしまうので。対応できるムーブを増やすことの必要性を痛感して、W杯シーズン後に本格的にボルダリングも練習し始めました」

近年の日本では、若手選手の台頭が1つのトレンドとなっています。その1人である吉田選手は先輩選手たちをどう見ていますか?

「すごく優しく接してくれるのでコミュニケーションが取りやすいですし、刺激ももらっています。特に、ボルダリングでは圧倒的な実力差を見せつけられるので燃えさせてくれますね(笑)。僕も努力すればここまでいけるんだと感じられて、追いかける存在です」

 

 
 

見えたパリへの希望
「肩書きに見合うように」

 
今年のボルダリングジャパンカップ(以下BJC)では、決勝にあと1つ届かなかったものの7位と躍進しました。

「予選通過も厳しいのでは?と思っていたので、まさか7位になれるとは。苦手意識のあったスラブ課題を予選、準決勝ともに一撃できて、自分の中でスラブに対する捉え方が変わりました」

スラブ克服のためにどのような取り組みをしてきたのでしょうか?

「スラブに限らず、今までボルダリングは練習という練習をしてこなかったんですよ。いろんなジムを回って、マンスリー課題楽しいなぁと思いながらただ登っていたというか。ある程度はそれだけで強くなれると思うんですが、昨年のW杯でリードの中でもボルダリングの力が必要だと強く感じたので、苦手なものを苦手なまま終わらせないようにと意識するようにしました。例えば同じ課題を5回完登できるようにして、そのムーブをいつでも引き出せるようにするといった練習です」

1週間後のLJCでは3大会連続表彰台となる2位でした。

「まずは2位という順位で終われてほっとしていますが、反省点はたくさんあります。決勝では時間配分のミスがあり、途中で長い時間レストしてしまったことが終盤に響いてしまいました。普段そこまで登るのが遅いタイプではないのでタイマーを見る習慣があまりなく、終盤になって見たら残り約30秒。落下した直前のパートがレストポイントで腕の張りもまだまだ回復できる状態だったので、あそこで休めていたらもっと高度を伸ばせていたのではないかと悔やんでいます」

2位→1位→2位と国内一を決める大会で安定して成績を残せています。

「初めて2位になった時は自分に合った課題で、運も大きかった。それ以降を振り返ると、腕は張らずに落ちているので……。日本のリード課題は大きいレストポイントがあって、そこでレストを挟められたら自分は強いと思いますね。反対に国際大会では完全なレストポイントが少ないので、そこが海外で戦う上での課題でもあります」

BJC、LJCともに好成績を収めたことで男女2枠ずつしかない第4期パリ五輪強化選手の2種目複合(ボルダリング・リード)Sランクに選ばれました。Sランクは遠征費補助や日本代表内でのW杯優先出場権、9月アジア競技大会の代表権などを得られます。

「今までボルダリングで結果がついてこなかった自分にとって、Sランクはまさかという感じです。でも、まだその肩書きに自分の実力が見合っていないと思っています。リードの国際大会では表彰台にすら上がったことがないですし、ボルダリングなんて今年W杯初参戦という状況なので。正直、僕よりもSランクという肩書きが似合う選手はいると思います。それでも、選ばれたのは僕ですし自信にもなったので、この肩書きに見合うような成績を残していけるよう、より練習に精進していきたいです」

2024年パリ五輪はどう捉えていますか?

「もちろん狙いたいですけど、正直これまではすごく遠いものでした。それがSランクに選ばれたことで『不可能ではないのでは?』という気持ちに変わりました。もちろんまだまだ遠いものだとは思いますが、今年はリード、ボルダリングの各W杯、2種目複合のアジア競技大会やW杯が控えていて、僕ほど経験を得られる選手はほぼいない。これを強みにして、もっとジャンプアップしていきたいです」

最後に今後の目標を教えてください。

「五輪に出たいのと同じくらい、世界選手権のリードで優勝したい気持ちが強いです。日本人はまだリードで優勝したことがないですし、やっぱり“世界チャンピオン”は世界選手権で優勝してこそだと僕は思っているので。パリ五輪は2種目複合で競いますし、単種目で圧倒的な実力を見せるには世界選手権で勝つこと。ゆくゆくはそういう選手に成長したいです」

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 窪田亮

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PROFILE

吉田智音 (よしだ・さとね)

2004年5月22日生まれ、奈良県出身。奈良県立青翔高校所属。幼少期は高いところに登るのが好きで、6歳から毎週のようにクライミングジムに通う。18年のJOCオリンピックカップ(ユースB)を制して以降、成績が安定し、LJC制覇も経験。22年はBJCでも躍進して藤井快、森秋彩、伊藤ふたばとともに2種目複合の第4期パリ五輪強化選手Sランクに選ばれた。

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