目指すはクライミングの甲子園? THE NORTH FACE CUPの「かじ取り役」杉田雅俊

 国内最大のボルダリングコンペ、THE NORTH FACE CUP(ザ・ノース・フェイス・カップ/以下、TNFC)を紐解く本特集。第5弾では、大会運営の中心的存在である杉田雅俊氏に、その思いや、これからのTNFCについて話を伺っていく。また、終盤に突入した2020年大会予選ROUNDの模様もお届けする。

愛称はOBE(オビ)。国内一にも輝いた杉田雅俊

 「今のTNFCは杉田の存在なくして成り立たない」。関係者から、こういった声が聞こえてくる。杉田雅俊は、1985年生まれの岡山県出身クライマー。岡山県と言えば備中の岩場が有名で、全国からクライマーが登りにやってくる。まさに備中が地元だという杉田氏は、「当時は周りにクライミングジムがなかったので、毎週末のように親父に連れて行ってもらいました」と、クライマーだった父親の影響で中学生の頃から岩場に通い始めた。

 そのままクライミングの魅力に取りつかれると、やがてコンペティションにも出場。ユース大会から実績を残し、07年の第3回ボルダリングジャパンカップ(BJC)で準優勝、そして23歳で迎えた09年の第4回大会で前回王者・渡辺数馬らを抑え、初の頂点に輝くのである。彼の原点である岩場でも、20歳の時に五段の高難度課題を完登。19年にも山梨県・瑞牆山の五段「アサギマダラ」を完登した。さらにセッターとしても自国開催のW杯やBJCに例年参加するなど、マルチな才能を発揮している。

 そんな杉田氏には「OBE(オビ)」の愛称が定着している。「高校生くらいからですかね。当時のユース大会で、多分(今はセッターとして活躍する)岡野寛さんだったと思うんですけど、オビー・キャリオン(※)っていう海外のクライマーにルックスが似ていると(笑)。で、いつの間にかそのあだ名が定着して…」

※編注:アメリカの著名クライマー。ニューヨーク在住の天才少女・白石阿島のコーチを務めていたことでも知られる。

憧れだった「TNFCでの優勝」。選手から運営への“転身”

 話はBJC優勝以前に戻るが、杉田氏はクライミングがしたい一心で高校卒業後すぐに上京する。父親のクライミング仲間であり、備中でともに登った経験もある内藤直也氏が代表を務めるクライミングジム「PUMP」のスタッフとして働くことになり、ジムで接客などの仕事をこなしながら、各大会に選手として出場していた。そこで出会ったのがTNFCだ。

 「当時はボルダリングの公式戦がきちんと整備されていたわけではなくて、『B-SESSION』というシリーズ戦の大会が注目を集めていました。その中で最も価値ある大会と見られていたのが、TNFCだったんです。強い選手もいっぱい出るし、照明や音楽による演出もしっかりしていた。そこで優勝するということに、すごく憧れのようなものがあったんです。今でいうジャパンカップで優勝するような感覚で」

 TNFCの決勝には2回ほど進むことができたという。しかし、しばらくしてジャパンカップなどの公式戦が整備されると、B-SESSIONは消滅。それとともにTNFCも休止となった。

関連記事:求めたのは“一体感”。発起人・平山ユージが語るTHE NORTH FACE CUPの出発点

 転機が訪れたのは2010年だった。TNFC発起人である世界的クライマーの平山ユージ氏が、自身のクライミングジム「Climb Park Base Camp」を埼玉県入間市に設立。それに伴い、もとは父親のクライミング仲間で、上京後には海外の岩場に連れて行ってもらうなど十代の頃からお世話になっていたという平山氏に誘われる形で、Base Campの一員となる。

 そしてジムのオープニングコンペを終えたのち、特集記事第3弾でも触れた通り、平山氏に「Base CampでTNFCをやりませんか」と声を掛けたことでTNFCが再復活する。当時のことを「あまり覚えていないんです(笑)」と笑いながら振り返る杉田氏。「もちろん、平山さんもTNFCをやりたかったはず。でもやっぱり大会を継続運営していくには基盤が重要だと思うんです。それまでは本職のある人がボランティアとして運営に協力していただいていたみたいで。それだとみんなが疲弊してしまうんですよね。でもジムとしてできれば、Base Campとしてできれば、それなりにしっかり継続してやれるんじゃないかと」

 そこから、選手としてではなく、運営として奔走する日々が始まった。

「Climb Park Base Camp」がOPENした2010年から勤務している杉田氏。今の役割は「TNFC等のイベント関係、ルートセット業務が主体です」。さらにホールドなどの輸入販売も一部担当している。

2人で始まった大会運営

 Base Camp主催で行うことになったTNFC。しかし当初の中心メンバーは平山氏と杉田氏のみ。実施当日の運営は予選会場となるジムから協力を仰いでいたが、ルートセットなどの事前準備は2人で行っていたという。

 「昔は本当に大変でしたね。平山さんと僕の2人だけでセットしたりしていて。僕はセットが終わった大会前日の夜中にエントリーリストを作ったりもしていました(笑)」

 ディビジョンの管理を目的としたWEBサイト「ONE BOULDERING」も2013年に立ち上げた。TNFCは自身のレベルに応じて出場できるディビジョンが決まっている。そして、そのディビジョンは大会結果に応じて自動的に昇格・降格がされる。「ディビジョンの昇格、降格も含めて楽しんでもらいたい。大会結果だけでなく、それもモチベーションの一つになるんじゃないかなって。さらに昇格、降格はある程度こちらでコントロールしてあげた方が、カテゴリーの価値が生まれる。これは平山さんが昔から考えていた構想です」

 現在はエントリー受付の管理もすべて「ONE BOULDERING」で行っている。マイページでは現在のディビジョンや、過去の大会成績も閲覧することができる。

 様々な苦労を経験したが、それでも続けて来られたのは「やっぱりみなさんが楽しんでくれていることが一番です」と話す杉田氏。「一番下のカテゴリーでも、本戦決勝の舞台はみんなが声援を送る。あの一体感は魅力ですよね。各地域で予選ROUNDがあって、そこを勝ち上がった選手が出場できる。少し甲子園的な要素があって、熱い感じがいいなって。あとは、あんなに小さかった子が今は世界会選手権に出ていたり。そういう成長を見られるのも嬉しいですよね」と続ける。

常に緊張感を持っていたい。2020年大会での新たな試み

 次第にエントリー数、会場数、運営スタッフも増加。現在も変わらず、現場責任者、あるいはイベント設計者という立場で、TNFCの運営を支えている。

 「基本的にはザ・ノース・フェイスの方と、『こういう大会にしていこう』っていう話をしていきます。DJを入れようとか、照明をこうしよう、とか。あとは会場となるジムの選定や、実際にジムの方とのコミュニケーションを取ったりしています。セットもそうですね」

 大会運営では、常に緊張感を持ち、チャレンジを続けることを心掛けているという。「“ルーティーン”にならないように、常に緊張感を持つことが必要だと思っています。毎年改善点を見つけて、チャレンジしていきたい」

 2020年大会の新たなチャレンジとして、予選会場を1つ増やしたこと、初めて外部スタッフを定期的なスタッフとして迎え入れたことが挙げられる。新会場となったのは「DOGWOOD 調布店」(東京都・調布市)。そしてそのオーナーである岩橋由洋氏、今大会のROUND 1会場「MABOO」(東京都・武蔵村山市)のオーナー時長武史氏という、日本有数のルートセッターの顔も持つ2人が、今大会は全ROUNDの課題作りに従事している。

 「今までなら外部からセッターを呼ぶ場合は、1会場だけのゲストとしてだったんですが、今大会は2人にもっと運営の内側に入ってもらっています。一緒に大会を作り上げていくことで、より『チーム力』を上げたいという思いがあったので」

 これは、やはり過去の経験があったからこそ、だそうだ。「最初は少ない人数でやっていたんですけど、やっぱり限界がある(笑)。規模が大きくなればなるほど、色々な人のサポートだったりとか、協賛の方々がいないと成り立たなくなってくる。そうなったときに、一人一人が協力し合ってチーム力を高めていかないと、とてもじゃないですけど運営が回っていかないので。同じ目標に向かって、同じ時間を過ごすとビジョンも統一されて、パフォーマンスが上がっていくと思うんです」

 2人が常時セットメンバーに入ったことで、参加者の反応も上々のようだ。本特集では各回で一般参加者の声を載せているが、とにかく「課題が面白かった」という感想がよく聞かれる。杉田氏も「すごくいい形になっている」と手ごたえを感じている。

もう一つの新たな試みが「もう一度チャレンジできるチャンスがあったら面白いんじゃないか」と企画された『敗者復活戦』の実施。岩橋氏の「DOGWOOD調布店」、時長氏の「MABOO」、「PUMP大阪」の3店舗で2月22日に同時開催される。

変わりゆくTNFC。「常に最先端を行きたい」

 BaseCampに勤めて10年が経った。長年運営としてTNFCを見てきた中で、感じる変化についても聞いた。

 「今と昔では全く異なりますね。一番は、若い子たちが圧倒的に増えたこと。以前は上履きで出ている子どもが結構多かったんですよ。クライミングシューズを持っていない子もいたりして。でも競技人口がガツンと増えて、それと同時にレベルも上がってきています」

 課題内容にも大きな変化があったという。「昔は小さいホールドが多かったので、(ホールドが密集した)まぶし壁で課題を作っていたんですよ。でもだんだんと大きなホールドが登場し、ラインセットの課題が増え、求められるものも変わってきた。だからTNFCの壁の見せ方も変化しました。今はインスタグラムで“映える”じゃないですけど、課題1つにフォーカスしてみんな楽しむじゃないですか。だから参加者の方が結果だけじゃなくて登って楽しめる課題も作らないといけない。そこはなるべく豪華なものを取り入れるなど、ホールドの選定段階から意識しています」

 「自分たちは、最先端を行くような、チャレンジしていくような課題を常に作りたいと考えています。僕が選手として出ていた頃も、TNFCってそういう場所だったんですよ。変わったホールドとか、斬新なムーブとかがあって、すごく刺激だったんです。公式戦だと、ムーブに多少なりの制限がかかる。でもTNFCでは昔から宙ぶらりんなホールドや、地ジャンスタートなど、様々な試みが施されていました。そういった遊び心がある大会というのも、TNFCならではなのかなって思います」

目指すは甲子園?!これからのTNFC

 最後に、今後の展望についても伺った。大会のかじ取り役の目には、何が映っているのか。

 「平山さんも仰っていますが、海外との連携というか、世界に輸出できるくらいのイベントになればいいですね。各国で予選があって、優勝選手を日本に招待するような。実際に、昨年大会ではシンガポールの『ボルダラクティブ』という大会と連携して、互いの優勝選手を招待する交流を実施しています。これをもっと他国に拡げていきたい」

 「あとは、僕の中ではもっと甲子園感を出したいという思いがあります(笑)。今はまだ難しいと思うんですけど、たとえば自分の所属する地域の予選ROUNDに出場して、そこを勝ち上がって『関西代表』として本戦に出場する。地域の代表選手だと『自分たちの代表だ』という意識が生まれて、みんなでもっと応援しやすいと思うんです。これは今よりもっとクライミング人気が高まって、参加者数や開催場所を増やさないといけないので、先の話にはなると思いますが」

 「今は若い子たちが増えてきてはいるんですけど、普通に趣味でクライミングをやっている、仕事をしながら楽しんで大会に出ている方もいらっしゃる。そういう大の大人たちが、青春じゃないですけど、こんなに悔しそうにする、熱くなれる場所というのも、中々ないと思います。そういう楽しみ方ができる大会として、TNFCはこれからも在り続けたいですね」

予選ROUND9・10が開催

 ここからは、12月7日にFish & Bird 東陽町(東京都・江東区)、21日にClimbing JAM 静岡店(静岡県・静岡市)で行われた予選ROUND9・10の模様をお届けする。Fish & Bird 東陽町では2020年大会の予選最多となる196名が参加。Climbing JAM 静岡店にも179名が参加した。

ROUND 9(Fish & Bird 東陽町)での集合写真。出場選手は200名近くまで達した。

ROUND 10(Climbing JAM 静岡店)にも東海地方のクライマーを中心に179名が参加した。

 ROUND 9には平野夏海と田嶋あいか、ROUND 10には倉菜々子と、昨年日本代表として活躍した3名がゲスト参戦。さすがの実力で最上位カテゴリーの上位につけている。いずれも競技終了後、本戦に向けた意気込みを伺った。

【ROUND 9/Fish & Bird 東陽町】


Women’s Division 1/ゲスト参戦:平野夏海
「全完が目標だったので、全部登れなかった(8/10完登)のは悔しいんですけど、全ての課題が面白くて、とても楽しめました。TNFCに出るのは4年ぶりです。前回の出場は中学1年生の時のDivision 2で準決勝敗退(本戦4位)でした。今日までにYouTubeで本戦の映像を見ていて、すごく楽しそうだったので、その決勝の舞台で登れるように頑張りたいです」


Women’s Division 1/ゲスト参戦:田嶋あいか
「久しぶりのボルダリングの大会出場で、ゲストということもあって緊張していたんですけど、楽しめて良かったです。(7完登でしたが)登れなかった原因がたぶん最初の方に飛ばしすぎたっていうのがあって、どんどんヨレが蓄積していってしまいました。8分で7トライくらいやってしまって、そこが敗因かなと思っています。(メインとするリードのコンペとの違いは?)セッションとベルコンとかでも違うと思うんですけど、トライの間隔というか、どれくらい空けて次打つとか、けっこう大事だなって思ってます。本戦は2年連続で決勝に進出できているので、今年も決勝に進出したいと思っています」

【ROUND 10/Climbing JAM 静岡店】


Women’s Division 1/ゲスト参戦:倉菜々子
「(8/10完登で)3位という成績だったんですけど、今回は結果よりも楽しむことを重視していたので、大会自体を楽しむことができて良かったです。普段は週3~4日くらい、平日は3~4時間くらい、休日は7~8時間くらいトレーニングしていて、最近はひたすら色々な課題を触っています。本戦出場は5年ぶりくらいで、メンバーもすごく豪華だと思うので、その中で楽しく登れたらいいなと思います。得意なコーディネーション課題が出るといいですね」


Women’s Division 1/1位:石井未来
「最近は大会であまり気持ち的な面で調子があまり上がらず、登れる課題を登れなかったりしていたんですけど、今日は落ち着いて楽しむことができました。TNFCには2016年に初めて出場して、その時はWomen’s Division 3だったんですけど、決勝にぎりぎりライン下で残れませんでした。次の年はWomen’s Division 2で、本戦決勝2位でした。そのあとWomen’s Division 1に上がったんですけど、その時は予選で落ちてしまったので、本戦ではまず楽しめるようにして、2日目に残れるように頑張りたいです」

リザルト詳細
(上記「ONE BOULDERING」ページ内下部にある各ROUNDを選択)
 
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CREDITS

取材・文 編集部 / 協力 THE NORTH FACE CUP 2020

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