FEATURE 62

五輪内定 独占インタビュー

野口啓代 これが最後。覚悟を決めた女王の強さ

日本の観客の前で引退したい…それがあの言葉の真意です

「ここで代表枠が取れなければ引退していた」。日本人最上位となるコンバインド準優勝の裏には、並々ならぬ決意があった。『集大成』という言葉を掲げ、今のベストを出し切ったIFSCクライミング世界選手権2019八王子。そして来夏、迎える最初で最後の舞台で彼女が見据えるのは唯一、金メダルだ。

※本記事の内容は2019年9月発行『CLIMBERS #013』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2019年9月10日)。
 
 
今大会の前日記者会見で野口選手は「この世界選手権は集大成の大会にしたい」と語っていました。振り返ると、どんな大会でしたか?

「今大会は3種目とも今の私にできるベストを出したいという思いで臨みました。そんな中で単種目でもそうですし、コンバインドの予選、決勝を通して3種目すべてでベストが出せたと思います。スピードはコンバインドの予選で自己ベストを更新し、ボルダリングではコンバインドの決勝で今季初めてヤンヤ(・ガンブレット)選手に勝って1位となることができました。最後のリードでも今までで一番出し切る登りができたと思います。単種目が終わった時も、コンバイドが終わった時もこんなにうまくいくとは思わなくて、もう怖いくらいでしたね」

 

大会は11日間の長丁場でしたが、うまくいった中でもキツい瞬間はありましたか?

「ボルダリング予選、準決勝・決勝、リード予選と3日間の連登があり、リード予選の朝が一番キツかったですね。睡眠時間も短かったですし、ボルダリング決勝でアドレナリンが出まくった次の日のコンペだったので、気持ちの切り替えも追いついていないと感じていました」

タフなラウンドとなった単種目の後のコンバインドで、自分のベストを出せるというのはあらためて凄いことですね。

「でもコンバインドで3種目ともうまくいくというのは、あらためて相当難しいことだなと感じましたね。ヤンヤ選手でも予選のリードで失敗したり、決勝のスピードでうまくいかなかったり、すべてうまくいった選手はほとんどいませんでした。そういう中で予選、決勝とショウナ(・コクシー)選手が3種目ともうまくまとめてきたのは印象に残っています」

 

今大会は初めてコンバインドの予選に20人、決勝に8人が出場という東京五輪フォーマットが採用されました。実際にやってみた感想は?

「正直、コンバインドだけであれば大変だとは思わないです。やはり単種目を全部こなしてきて、その最後にコンバインドというスケジュールが、体力的にというより精神的に疲れました。体力的にはむしろコンバインドの決勝の時が一番体の調子が良かったくらいです。指皮は問題ないし、コンペ感もどんどん上がっている状態で。でも、気持ちの切り替えが難しく、五輪代表枠が懸かっているというプレッシャーはやはり大きかったです」

楢崎智亜選手が「野口選手から『コンバインドは気持ちが切れたら負ける』と言われていた」とコンバインド優勝後の会見で話していました。ご自身でもその点は意識していましたか?

「私は気持ちが切れそうな瞬間はなくて、むしろ気持ちが入りすぎていたくらいです。だから気持ちがフライングしてしまうというか、勝負どころをミスしないようにと心がけていました。気持ちが前のめりになってミスしてしまう選手の方が多かったと思います。単種目の時やコンバインドの時に、会場には今回代表枠が取れないことが決まって泣いている選手がたくさんいたんですね。そういうのを見て、どの選手もこの大会に物凄い気持ちで挑んできているし、プレッシャーも大きな中で臨んでいるんだということが伝わってきました」

 

コンバインド決勝直後に「ここで代表枠が取れなければ引退していた」という発言がありました。今、その言葉の真意を教えてもらえますか?

「私が東京五輪に出場したい一番の理由は、やはり東京開催だから。それは日本の観客の前で引退試合をしたいという思いが強いからです。この世界選手権でダメだった場合、次は11月のトゥールーズ予選大会、その次はアジア選手権に出ることになります。もしそこで結果的に負けて引退の時を迎えてしまうなら、それは私の思い描く引退の瞬間ではありませんでした。それにきっと気持ちが持たなかったですね。この八王子の後の大会では今回ほど気持ちを入れて臨むことは難しかったと思います。そんな中途半端な戦いで負けてしまうというのも私の本意ではありません。それなら東京五輪の次に大きな大会である世界選手権で潔く引退した方がいい。それがあの言葉の真意です」

それでは最後に、東京五輪に向けて意気込みを聞かせてください。

「ここまでは代表枠を取ることに全力を注いできました。これからは金メダルを獲得することにフォーカスしていきます。東京五輪は今大会以上のベストを出して、キャリアの中で最高のパフォーマンスが発揮できる集大成の大会にしたいです」

 

写真:永峰拓也

CREDITS

インタビュー・文 篠幸彦 / 写真 窪田亮

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PROFILE

野口啓代(のぐち・あきよ) (TEAM au所属)

1989年5月30日、茨城県生まれ。2005〜14年にBJC9連覇を達成、08年にはW杯ボルダリング種目で日本人女子初の優勝を飾り、09、10、14、15年と年間王者に輝く。今季はBJC2位、SJC3位、LJC優勝、CJC2位を記録し、ボルダリングW杯で年間2位に。迎えた世界選手権ではボルダリングとコンバインドで銀メダルを獲得した。

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