FEATURE 61

五輪内定 独占インタビュー

楢崎智亜 纏い始めた王者の風格

周りに左右されず、常に自分らしく

ボルダリングW杯で3年ぶりの年間王者に輝いてもなお、追い続けるものがあった。2019年最大の目標に掲げていた、世界選手権でのコンバインド優勝である。重圧や不安よりも「楽しみだった」という本番では、他を圧倒するパフォーマンス。センセーショナルな躍進で王座へと上り詰めた2016年から何が変わったのか。いまや王者の風格すら纏った、楢崎智亜の内なる変化に迫る。

※本記事の内容は2019年9月発行『CLIMBERS #013』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2019年9月10日)。
 
 

想像以上に想定通りの圧勝劇
プレッシャーよりも、ワクワクした

世界選手権の激闘から数週間が経ちました。リフレッシュはできていますか?

「最近は弟の明智、池田雄大選手と沖縄に行きました。ずっと海に入っていなかったこともあったので、せっかくだから沖縄にしようって。リフレッシュできましたね」

まずは今シーズン、楢崎選手はどのような気持ちで臨んでいたのでしょうか?

「世界選手権のコンバインド優勝を目標にしていたので、今年はW杯の参戦数を減らして、その分を調整に充てていました。世界選手権で優勝を狙っていたにもかかわらず、その他の大会に集中しすぎて、『ここで勝ちにいきたい』という時になかなかコンディションが上がらなかった昨年の経験があったので」

今年の大会を迎えるまで、ご自身の中で世界選手権とはどのような存在でしたか?

「ずっと世界選手権で勝つことを頭に浮かべていたし、楽しみでもありましたね」

不安よりも楽しみの方が大きかった?

「初めは不安がありましたけど、どんどん楽しみになっていきました。調整がうまくいっていたのと、大会での成績も良かったので、あとはベストのパフォーマンスを出すだけだと」

世界選手権2019最初の種目、ボルダリング予選前日に関しては、「いろいろ考えてしまって、なかなか寝られなかった」という話もされていましたね。

「普段はいいパターンを考えて臨むんですが、今回は大会が長いので悪いパターンも想定しておかないと、その場面になった時に心が疲れちゃうかなと思って。ボルダリングで失敗した場合とか、ボルダリングで成功したけどリードで失敗したとか、いろいろ考えていました」

そのボルダリングでは順当に決勝へと勝ち進み、完登者が楢崎選手のみという結果で2016年大会以来の王座奪還を果たしました。

「下部にコーディネーションだったりランジだったり特殊な動きがあって、上部が普通に難しい、という課題がほとんどでした。でも、周りが登れないとは思ってもいなかったですね」

 

今の楢崎選手にとっての苦手課題は?

「一番は“指が立てられない”ホールドです」

スローパーに近い感じ?

「そうですね、大きすぎて親指が曲がらなかったりとか。抱え込むようなパワフルな課題に多いんですけど、そういう課題って上半身に意識が向くので体が浮いてきちゃうんです。そうではなくて、下半身で体幹を固定しつつ、手を進めていかなければならない。それが苦手で」

続くリードでは世界選手権初の決勝進出で5位に入りました。楢崎選手のリードといえば、ハイテンポな登りが特徴的ですよね。

「自分の中では普通で、実は速く登っているつもりはないんですよ。みんなに急いでるって言われるんですけど(笑)。あれは自分でも武器だと思ってます。リードの“神3”であるアダム・オンドラ、アレクサンダー・メゴス、ヤコブ・シューベルトには食らいつけるようになりたいですね」

彼らとの差を埋めるためには?

「持久力もそうですけど、限界になってからの現場処理能力は磨いていかなければならない。リードを得意とする選手と比べた時、実はそこまで持久力自体に差はないんじゃないかなと感じました。一つ一つのムーブの選び方、呼吸の仕方、リズムだとかで長く持つように彼らは登っている。普通は限界になると上半身に力を絞ることしかできなくなるところを、彼らはそこから足を決めて冷静になれる。初めて見た課題にトライしてどこまで粘れるかだったり、どこまで高度を伸ばせるかだったり、実戦的な練習をもっとたくさんしなきゃいけないですね」

 

そして大会最後のコンバインド。予選(20人)を3位で通過して迎えた決勝(8人)は、第1種目スピードの初戦が兄弟対決でした。

「予選でも一緒に登っていて、世界選手権で2人で登るなんてもうないかもって話していたんですけど、まさか決勝ですぐやるとはって感じでしたね。僕らはいつも一緒に練習しているので、お互い『いつも通りいけばいいよね』ってことで、プラスに働いたと思います」

兄弟対決を制した後、ミカエル・マウェム(フランス)との1/2ファイナルでは自身の持つ日本記録を更新して勝利。5月のコンバインドジャパンカップ決勝、藤井快選手とのビッグファイナルでもそうでしたが、ここぞという場面で自己ベストを更新する印象があります。

「自分よりちょっと速かったりとか、同じようなタイムの選手だとすごくワクワクしてきて、その方がタイムが出るんです。“対戦”というのが大きいと思います」

スピードでいえば、今季のW杯でロシアの強豪、アレクサンダー・シコフと対戦した際の映像から“気づき”があったそうですね。

「膝の向きとホールドに対する体の位置が僕とは全然違っていて。右、左、右、左って蹴っていく時、僕は正面を向いたり、がに股で蹴ってたのを、シコフは内側で蹴ってたんですよ。膝を内側に入れて蹴ると、蹴った時に体が中心に行くので、その後の動きがすごくやりやすい。次の蹴る位置にスムーズに移動できるようになって、タイムも伸びるようになりました」

日本新を出せた裏には、その“内股走法”があったのですね。練習では5秒台も?

「練習も含めてあの時の6秒159がベストです。やっぱり対戦でないとなかなか伸びないんですよね。日本だと自分より速い選手がいないので、おそらく5秒台の選手と常に練習できていたらもっとタイムは伸びるかもしれない。だから中国とかインドネシアとか、強い選手がたくさんいる国はみんな伸びるんだろうなって感じます。日本のボルダリングと一緒ですね」

その後のビッグファイナルには敗れましたが、2位スタートとなりました。いい流れで第2種目ボルダリングに繋げられたのでは?

「あそこでミカエルに勝てるかどうかがコンバインドの勝負を分けるだろうと考えていたので、かなりいい流れになったと思います」

 

迎えたボルダリングは全3完登。特に第1、第2課題は出場8選手で唯一の完登でした。

「W杯で年間優勝した自信もありましたし、僕の前まで全員登れていなかったので、悪い言い方かもしれないですが、すごく楽しかったんですよね(笑)。ここで俺だけが登ったら沸くな、じゃないですけど。逆に、みんなが登っていて自分に順番が回ってくるのは嫌い(笑)。できることをやらなきゃいけないような感じがして」

五輪代表権が懸かっているというプレッシャーは感じていなかったのですか?

「そういうプレッシャーはなかったです。決勝が一番落ち着いていました。大会前の記者会見でも言ったんですが、『代表権を獲得する』って思うと緊張してしまう部分があるけど、『世界一になりたい』って考えるとワクワクや楽しみの方が大きくなってきて。だからずっとそれ(世界一)を目指してやっていました」

そしてリードも2位で、最終的に合計4ポイントという圧勝劇でした。直後の心境は?

「ここまで想定通りにいくとは思わず、感動するかなって思ってたんですけど、全然しなかった(笑)。それに勝つといつも調子に乗ってしまうので、そうなったらマズいなって(笑)」

 

 
 

紆余曲折の末、手に入れた自信
「勢い」だった2016年。今年は違った

 
ボルダリングのW杯年間王者、世界王者、コンバインドの世界王者、五輪代表内定。今年は以前にも増して「強さ」を感じさせますが、同じく年間王者と世界王者になった2016年と比べると、どこが変わったのでしょうか?

「周りに左右されず、自分らしくいることが今シーズンはうまくできたと思います。2016年は勢いで勝てたと考えていて、その後の2年はW杯でも年間2位が続き、確実に実力は上がってきているのに勝てそうなところで負けることが多かった。原因は何だろうって突き詰めた時に、メンタル面に行き着いたんです。クライミングは毎回課題も変わるし、シチュエーションも変わる。気持ちがコロコロ動いてしまうと、自分のパフォーマンスも変わってしまう。常に自分を信じて、うまくコントロールして課題に挑み続けることが重要だと気づいたんです。W杯でも、本当は強いのに結果が出ない選手ってたくさんいる。そこの違いについても考えながら、たどり着いた感じですね」

そこに至るには、何かきっかけが?

「やっぱり昨年の世界選手権が一番大きかったです。それまで大会で2位に終わることが続いていて、何かが足りないけどそれが何かは掴めなかった。それで絶対に優勝できるって思っていた世界選手権で1個もメダルが獲れなかった。かなりショックでした。そこで意識や考え方も改めてみようと。メンタル面を見ていただいている東篤志先生とトレーニングをして、自分を見つめ直していく中で、『自信』というものが自分にとっては一番重要だと気づきました」

先ほどの「五輪代表権より世界一を狙いにいく」や「他の選手のことを考えても自分にはプラスにならない」という言葉からも、あくまでも自分のパフォーマンスにフォーカスしていくという楢崎選手のスタンスがうかがえます。

「あまり人と比べることはしないようにと心がけています。これもすごく変わったところで、例えばジムで他の代表選手と一緒に登って、その人よりも登れたらちょっと満足しちゃうんですよね。それってすごくもったいないなと思って。自分のパフォーマンスに集中できていると、他の選手より登れたとしても、自分に何が足りないかを考えることができるんです」

他人に勝ったことで、自分に足りないところがあってもそれを見落としてしまうと。

「すごい慢心ですよね。2016年の時はそんなこと考えもしなかったです。他人と比較して、自分の方が強いんだって思うことを繰り返していました。もちろん、今でもある程度は他人の登りを指標にすることはあります」

W杯は常に上位、コンバインドも各種目上位で優勝。今の楢崎選手を語る上では「安定感」が一つのキーワードですが、メンタル面の他にフィジカル面にもその要因はありますか?

「トレーニングを変えたことはあるかもしれません。今までは筋トレで体を作り、クライミングで慣らしていくということをしていたんですけど、今シーズンはクライミングによるトレーニングしかしていません。筋トレ自体が失敗していると、慣らした時に調子が下がってしまう。でもクライミングでその時々に必要なこと、より実戦的な課題を登り込めば、マイナスになることはほとんどない。それが、シーズンを通して弱い時がない理由だとも感じています」

 

写真:永峰拓也

 
 

東京五輪で、空を見上げよう
自分はいいことしか考えないタイプ

最後に、代表内定を決めた東京五輪についても聞かせてください。あと1年を切った本番に向けて、どこを高めていきたいですか?

「やっぱりリードとスピードをもっと突き詰めたい。スピードは5秒台を絶対に出せるようになりたいですね。コンバインドでは決勝が8人になったことで、スピードに強い選手が入ってくる可能性が高まった。そうなった時のために、良いタイムを持っておきたいです」

スポーツクライミングの会場となる青海アーバンスポーツパークは屋外。夏開催を考慮して夕方からの実施になる予定です。

「実施環境の不安はあります。普段とホールドの質感が変わってくると思います。昨日まで屋外で練習していたんですけど、湿度が高くて全然ホールドが持てなかった。だけど条件は全員同じなので、日本人は慣れている分、むしろプラスになるとも思っています。あと、個人的には室内の大会の方が緊張するんですよ(笑)。屋外の方が開放的で気持ちいい。あまり景色が変わらないと集中力が持たないし、考え方が固くなる。裏で待っている時に空を見上げていると、いろんな考えが浮かんでくるんですよ」

収容人数は8400人です。大勢の観客の前で登るのはどうでしょう?

「気持ちいいですね。いい登りをすればそれに応えてくれると思いますし。世界選手権でも自分が危ない時に応援があったり、完登すれば盛り上がってくれて、ありがたかったです」

金メダルを獲るシーンをすでに思い描いていたり?

「しますします。会場が沸いたり、優勝した後のことはいつも考えています。いいことしか考えない、そういうタイプです(笑)」

オリンピックは楽しみ?不安はない?

「楽しみですね。やっと来るなって感じです。スポーツクライミングが追加競技に決まった時から金メダルを獲りたいと思っていたので」

では、金メダルの自信は?

「もちろんあります。自分にしか獲れないだろうって思っています。あんまり言うと調子に乗ってるって言われるかもしれないけど(笑)、それくらいの気持ちで臨むつもりです」

 

写真:永峰拓也

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 窪田亮

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