FEATURE 122

東京五輪 直前インタビュー

原田海 その瞬間の最高のパフォーマンスを


怪我による不調に苦しみながらも、原田海は今できることに集中している。3年前にボルダリングで世界を制した本来の登りを、五輪の舞台で見せられるか。

※本記事の内容は2021年6月発行『CLIMBERS #020』掲載当時のものです(このインタビューは2021年6月8日にオンラインで収録されました)。
 
 
およそ1年半ぶりのW杯出場となったソルトレイクシティ大会(5月28~30日)の感想から教えてください。

「スピード、ボルダリングともにまったくいいところがなく、何もできなかったと感じました」

両種目で予選落ちに終わった大会後には「なかなか自分の登りができず、精神的に苦しい日々が続いていますが、今できる事を精一杯頑張ります」とインスタグラムに投稿されていました。今年に入って新しいトレーニングを取り入れたそうですが、なかなか成果が出ていない?

「そうですね。新しいトレーニングによって体の変化は感じているんですが、気持ちの面で安定していないというか。指の調子も先月からまた悪くなってしまい、それでしっかりとした調整ができなかった影響もあります」

指は1月のボルダリングジャパンカップで痛めてしまったそうですね。

「はい。左手の薬指です。4月あたりには良くなって調子も上がってきていたんですが、ソルトレイクシティ大会の2、3週間前にぶり返してしまって、痛みのある状態が続いています」

新しく取り入れたトレーニングについて教えてください。

「新たにフィジカルトレーナーの方についてもらい、基礎的な内容を2月、3月から始めました。4月、5月はバイクやランニングなどの有酸素運動を取り入れて、下半身中心のメニューをこなしています。あまりやってこなかったことなので、かなり大きな変化だと思います」

どういった意図で始めたのですか?

「もともと上半身のトレーニングは自分でやっていたので、下半身のメニューを中心に組んでいこうと。有酸素系は苦手意識があり、まったくやってきませんでした。鍛えるトレーニングというよりは、回復力を早めたりする目的で行っています。あとは動きの多様性を持てればと思って始めました」

原田選手はこれまで自分一人で考えながら練習に取り組んできたと思いますが、このタイミングでトレーナーをつけた理由というのは?

「一人でやることに限界を感じたんです。パフォーマンスが落ちて、基礎からトレーニングを始めてみた時に、今までやってきたことを復習するような感覚があり、新たな発見がなくなってしまって。僕にない知識を持っている専門家の方に話を聞き、より多くの引き出しを作っておいたほうがいいと思ったのがきっかけですね。週に1回はトレーナーに見てもらっています」

体の変化を感じているとのことですが、具体的にどのような場面で?

「トレーニングの最中もそうで、自分の動きの癖を知ることができました。例えば疲れやすい体の部分があって、そこに頼って今までずっとクライミングをしてきたことも知ったし、そこに負担をかけないような動きができることにも気づけた。技術が向上する段階にはまだたどり着いていませんが、より効率良く登れたり、疲労を抜いたりする知識は身についたと思います」

W杯の映像などを見て、五輪出場選手の状態をチェックすることはありますか?

「いや、まったく見ていないです。選手個人がインスタグラムにアップしている動画は見るんですけど、普段からYouTubeで大会の映像を見たりはあまりしないですね。でもソルトレイクシティ大会で実際にこの目で見ると、みんなしっかり調整してきていて、特にスピードが速くなっていると感じました」

五輪の競技当日まで2カ月を切りましたが、この先はどのように調整していきますか?

「W杯のインスブルック大会(6月23~26日)に出場する予定なので、その間に指の状態を良くしないといけません。オリンピックを考えると休養したほうがいいんですけど、休むことに対しての不安もある。それで葛藤したり、悩んでいる状況ではありますが、オリンピックまでにはできるだけいい状態に持っていきたいと思っています」

先日の新聞記事では、親交のあるスキージャンプの高梨沙羅選手から五輪に向けた激励のコメントが寄せられていましたね。

「オリンピックへのプレッシャーをすごい感じていたとおっしゃっていて、実際に僕自身も今そのような状態なので、コメントをいただいて少し気分が楽になりましたね」

昨年末のインタビューで、五輪出場について「まだ実感がない」と話されていましたが、気持ちは変わってきましたか?

「徐々に湧いてきていますし、出場する覚悟もあります」

コロナ禍での五輪開催について、どう感じていますか?

「開催に関して僕たちが何かできることはないですし、そこで悩んでいる時間もない。もっとやるべきことはあるので、目の前のことに集中していきたいです」

五輪で初めてスポーツクライミングを観戦される方も多いと思います。自分の注目点を挙げるとしたら?

「小柄な僕が、背の高い選手やパワーのある選手たちの中で戦っている姿を見てほしいですね。ただ現状は、調子を上げていきたいけど、指の痛みがあってそれができないもどかしさがあります」

最後に、応援してくださっているファンのみなさんにメッセージをお願いします。

「オリンピック本番にどういう状況で臨んでいるかまったく想像がつきませんが、その時にできることを精一杯やろうと思っています。その瞬間の最高のパフォーマンスをしている自分の姿を見て応援してくださると嬉しいです」

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 Andy Bao/Getty Images

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PROFILE

原田海 (はらだ・かい)

1999年3月10日生まれ、大阪府出身。日新火災所属。シニア初優勝を世界選手権2018ボルダリングで飾り、2020年にはジャパンカップを制覇。リードでもW杯や世界選手権で何度も決勝に進む実力者で、世界選手権2019コンバインドでは日本人2位の4位で五輪出場権を得た。(写真:窪田亮)

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