FEATURE 117

2種目複合で勢力図も変わる!

[宮澤克明×植田幹也]CJC2021の見どころを語る


6月18日、19日に行われる第4回コンバインドジャパンカップ盛岡大会(以下CJC2021)は、東京オリンピック前最後のコンバインドの大会であると同時に、3年後のパリオリンピックに繋がる最初の大会です。五輪出場選手から次世代のスターまでが多数出場する今大会の見どころについて、JMSCAクライミング普及委員会の委員でありクライミングディレクターの宮澤克明氏と、JMSCAのYouTube配信で解説を務める植田幹也氏が対談形式で解説します。

※本記事は『第4回コンバインドジャパンカップ盛岡大会 公式プログラム』の掲載内容を一部再構成したものです。
 
 

新フォーマットの影響は?

 
植田「新フォーマットの細部のルールはさておき、スピードがコンバインド種目から外れ、2種目複合になったのは選手にとってかなり大きな変更点ですよね。これは選手の勢力図にどのような影響を及ぼしますか?」
 
宮澤「3種目から2種目に減ったことで、これまで以上にボルダリングやリードのスペシャリストが有利になると予想されます。具体例を挙げると、例えば野中生萌選手はスピードとボルダリング両方の強さでコンバインドを勝ってきたわけですが、スピードがなくなったことでボルダリングで圧倒的な順位を出さなければいけなくなる。一方でボルダリングがこれまで以上にスペシャルになれば、2種目に減った分、大きく有利にもなるでしょう」
 
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植田「同じことが楢崎智亜選手についても言えそうですね。正直なところスピードも含めた3種目のコンバインドでは楢崎選手の能力が圧倒的過ぎて、他の選手が勝つイメージができないレベルでした。これがスピードを除いた2種目になると、この王座が揺れ動く可能性もあると思います」
 

東京五輪代表の楢崎智亜。

 
宮澤「男子も勢力図は変わるでしょう。これまで活躍しづらかったユース選手を含むリードのスペシャリストにも輝くチャンスが出てきますから」
 
植田「ユース選手やリードのスペシャリストが活躍しやすいという点は私も同意見ですね。これまで例えば森秋彩選手(今大会は出場せず)や谷井菜月選手など、リードに強みを持っていてもスピードで劣りがちな選手はコンバインドで勝ち切れませんでした。大まかな傾向としてボルダリングが強い選手のほうが比較的スピードも得意であったことを踏まえると、彼女たちを含めリード勢にとってはプラスに働くルール変更だと感じます」
 
宮澤「逆に言えば、3種目が平均的でそこそこ高い水準という選手たちにとっては厳しい戦いになっていくでしょう」
 
 

スピードが無くなってしまうことは寂しい!?

 
植田「数年前に東京オリンピックが3種複合になると決まったときはスピードが含まれることに対して否定的な声も上がりましたが、いざスピードが外れて2種複合になると少し寂しい気持ちもありませんか?」
 
宮澤「わかります! スピードが入ったばかりのときは伝統あるクライミングに対して異種のものが入ったという疎外感があったけれど、今となってはスピードもクライミングの一要素としてすごく面白いなと思います。1つのルートを突き詰めて練習する過程は他のスポーツとも重なる部分がありましたし」
 
植田「スピードはクライミングを知らない人が見てもわかりやすく、観てすぐに楽しめるものでしたからね」
 

スピードは東京五輪のコンバインドから独立し、2024年のパリ五輪では単種目で行われる。

 
 

男子の戦況予想と有力選手

 
植田「ではこの大会、どのような戦況になりそうですか?」
 
宮澤「まず東京オリンピック代表内定の4人はあくまで本番に合わせているわけだし、何よりスピードにも依然力を入れて練習している分、このCJCにはフォーカスしづらいと思いますね。とはいえオリンピック前最後のコンバインド大会としてリザルトが出るわけなので、低い順位よりは当然、高い順位を取ったほうが夏に向けて弾みがつくでしょう」
 
植田「オリンピック組に食い込んでくる有力選手は、男子では誰になりそうですか?」
 
宮澤「藤井快選手が優勝候補の1人です。一連のムーブを起こしている間、体幹の強さによって身体をずっとぶらさず安定させられる稀有なタイプであり、こういった選手はリザルトも安定しやすい。日本のきめ細やかでリスクが多い課題にも向いています。海外勢で言えばアダム・オンドラ選手(チェコ)も同様のタイプですね」
 

今年のボルダリングジャパンカップで優勝した藤井快。

 
植田「藤井選手は直近のボルダリングW杯でも安定して上位に食い込んでいて、勢いがあります。パリオリンピックも見据えた若い世代の選手はどうでしょうか? 例えば川又玲瑛選手は従来のボルダリングの強さに加えて、先日のリードユース選手権で優勝するなど2種目で強さを見せています」
 
宮澤「川又選手のボルダリングの強さはもちろんトップクラスですが、リードがシニア大会でどこまで通用するかはもう少し見ていきたいところですね。同世代の百合草碧皇選手も、ボルダリングとリードの2種目どちらでも上位陣に食い込むポテンシャルがあります。川又選手は指の強さから“リトル海”、百合草選手は体幹の強さから“リトル快”という印象で、2人とも将来が楽しみです」
 
植田「リトル海とリトル快、いいですね(笑)」
 
宮澤「あとは天笠颯太選手にも注目です。彼が今年、初出場のボルダリングW杯で決勝まで行ったことで、日本の層の厚さがあらためて世界に知れ渡りましたよね」
 

川又玲瑛は17歳ながらボルダリングW杯での5位入賞経験がある。

 

宮澤流、クライマー3タイプ分類

 
宮澤「ちなみに藤井選手やオンドラ選手のような、体幹が強くムーブの中間が安定しているタイプを『ミドル型』と呼んでいます」
 
植田「他にはどんなタイプがありますか?」
 
宮澤「全部で3タイプにざっくり分けることができて、ムーブの初動が強くポジショニングで登るタイプの『スタート型』、ムーブの最後に末端の強さで処理するタイプの『フィニッシュ型』があります」
 
植田「面白いですね。とすると、野口啓代選手や原田海選手はフィニッシュ型で、楢崎智亜選手はスタート型になりますか?」
 
宮澤「その通りです。強いて言うと、楢崎選手はスタート型を極めていてフィニッシュ型にもなれるタイプ。野中選手はスタート型とミドル型の両方ですね」
 

「スタート型」と「ミドル型」の東京五輪代表・野中生萌。

 
 

女子の戦況予想と有力選手

 
植田「女子は森選手が出ないことで、野口選手、野中選手、伊藤ふたば選手の3強が頭一つ抜けているように見えますが、いかがでしょうか?」
 
宮澤「その通りでしょう。はっきり言ってしまうと、女子は男子と比べて選手層に差がありますよね。特にボルダリングで選手間の力の差が顕著です」
 
植田「パリオリンピックまで視野を広げるとどうでしょう?」
 
宮澤「パリを見据えても、野口選手が引退する前提で考えると、野中選手と伊藤選手の2人が最有力です。パリまであと3年あると言っても、すでにこのCJCでオリンピック強化選手が選ばれ、来年からは選考に直結する大会が始まってくるというスケジュール感です。だとすると実はパリまでそれほど時間はなく、今大会から勢力図が大きく変動しないという見方もできますよね。もちろんパリの先まで見通せば、スターになり得る原石はいると思いますが」
 

東京五輪での競技引退を表明している野口啓代。

 
植田「女子はなぜ男子よりもトップ選手間で実力層が分かれているのでしょうか? この差を詰めていくにはどうしたらいいのですか?」
 
宮澤「男子は現状で強い選手が十分に多いので、最上位選手と一緒に登れる機会も多いんです。なので一つ下の層の選手も自然と強くなれる土壌がある。一方で女子の場合はそうはいきません。こうなると選手が個人の意識改革や経験で差を埋めていくのは難しく、アメリカやフランスなどのように組織ぐるみで選手層の厚みの出し方やコンペの勝ち方を対策していく必要があるように思えますね」
 
植田「宮澤さん、ありがとうございました。新フォーマットでの最初の大会、お互いに応援、観戦を楽しみましょう」
 

パリ五輪を目指す伊藤ふたば。地元・盛岡での大会で躍動できるか。

 
「第4回コンバインドジャパンカップ」大会特設サイト

CREDITS

取材・文 植田幹也 / 写真 窪田亮 / 協力 JMSCA

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PROFILE

宮澤克明 (みやざわ・かつあき)

世界中から著名クライマーや代表チームが集うボルダリングジム「B-PUMP荻窪」の課題を手掛けるその腕には定評があり、さらには多くの選手をコーチとして指導するなど、クライミングディレクターとして多方面で活躍。JMSCAではクライミング普及委員会に名を連ねている。

PROFILE

植田幹也 (うえだ・みきや)

1986年11月17日生まれ、東京都出身。様々な視点からクライミングを日々追究する人気ブログ「Mickipedia(https://micki-pedia.com/)」管理人。東京大学卒業後、魅せられたクライミングのためにサラリーマンからジムスタッフに転身。その博識には定評があり、現在は記事執筆から大会の実況解説まで行う。

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