FEATURE 134

日本代表ヘッドコーチ・安井博志に聞く

2022年代表選考基準とリードジャパンカップ大会展望


「東京で獲り忘れた金メダルをパリで」と意気込む日本代表ヘッドコーチの安井博志氏。2月12、13日に行われる第35回リードジャパンカップを前に、日本代表が再始動する2022年の代表選考基準と、その鍵を握るという大会の展望を伺った。

※本記事は『第35回リードジャパンカップ 大会公式プログラム』の掲載インタビューに未収録分を追加、再構成したものです。
 
 

2022年の代表選考基準
アジア競技大会が最重要大会

 
2月5、6日の第17回ボルダリングジャパンカップ(以下BJC)、その翌週に行われる第35回リードジャパンカップ(以下LJC)で2022シーズンが幕を開けます。例年、各ジャパンカップは各種目のW杯日本代表選考を兼ねていますが、まずは今年の選考基準の概要から教えてください。

「ボルダリングとリードは、後述する『第4期JMSCAパリ五輪強化選手』(以下第4期強化選手)に選ばれるSランク男女各2人と、今年1月1日時点でのワールドランキング10位以内にランクインした『IFSC枠保有選手』を除いた各ジャパンカップ上位の男女8人ずつが各種目の代表として選ばれます。スピードは3月に予定している第4回スピードジャパンカップの3位以内、または派遣標準タイムをクリアした選手に代表権が与えられます」

 
2022年スポーツクライミング国際競技大会派遣選手選考基準
2022年IFSC枠保有選手(2022年1月1日現在)

今シーズンは4月から開幕するW杯の他に、9月にはアジア競技大会が中国で予定されています。

「今年最も重要視している大会で、金メダルを含む複数メダルの獲得を目指します。この大会には第4期強化選手の男女各2人を派遣します。複合種目(ボルダリング・リード)にはSランクから、スピード種目にはSランクを最優先としてA・Bランクまでの中から選びます」

同大会では2024年パリ五輪の実施種目であるボルダリングとリードの2種目複合が行われます。それが重要視している理由でしょうか?

「数少ない2種目複合の大会を経験できるのでとても大きな意味を持ちますし、また我われJMSCAがJOCからいただいている強化費の次年度査定対象となる大会でもあるからです。査定対象の主な大会は五輪、アジア競技大会、世界選手権、世界ユース選手権の4つです。2018年にインドネシアで行われた前回大会では野口啓代、藤井快、楢崎智亜がメダルを獲ってくれました。パリ五輪を目指す代表チームの強化戦略上、とても大事な大会だと言えます」

複合種目の第4期強化選手Sランクに選出されるには、BJCとLJCの順位をかけ算した「複合ポイント」の数が小さい上位2人となる必要がありますよね。

「パリ五輪で採用される2種目複合フォーマットの原案がIFSC(国際スポーツクライミング連盟)によって公開されていて、それによれば両種目における成績に応じて与えられる『パフォーマンスポイント』の足し算で順位が決まるといいます(ボルダリングは1完登につき25ポイントで最大100ポイント、上部に進むにつれ一手あたりの割り当てポイントが高まるリードは最後まで登り切ると100ポイント)。第4期強化選手の選考にあたり、ジャパンカップでもこのパフォーマンスポイントを取り入れるか協議しましたが、世界でもほとんど実施されていないルールを用いていきなり選考に使用するリスクやルートセッターへの負担など様々な事情を考慮し、今回は東京五輪の3種目複合フォーマットに近い『複合ポイント』という形で選考することとしました。2種目複合の第4期強化選手はアジア競技大会でメダルを獲得できるよう、ボルダリングとリードの各W杯でそれぞれ3大会まで優先的に出場できるようにしましたので、そこで経験と自信を身に付けてほしいですね」

 
スポーツクライミング第4期JMSCAパリオリンピック強化選手選考 兼 コンバインド種目大会等の派遣選手選考について
 

「パフォーマンスポイント」は、昨年の第4回コンバインドジャパンカップで試験的に導入されている

JMSCAの公式サイトで公開されている「2022年国際競技大会派遣選手選考基準」の中にある「日本代表チームの目標」を見ると、「ワールドランキング11位から40位までの成績を多くの選手が収めること」という例年にはない記載が気になりました。

「競技大会の肥大化を抑制するため、IFSCは2023シーズンから各国のW杯派遣可能人数を縮小することを決定しました。現状は5人の国別枠が(IFSC枠と開催国枠とは別に)各国に与えられていますが、これが最小2枠、最大5枠となります。各国2枠を標準として、その年の1月1日時点でのワールドランキング11~40位以内にランクインした人数に応じてその選手の所属する国に派遣可能人数が追加されます(3人以上がランクインした国には+3枠。標準の2枠と合わせて5枠)。ですので、日本としては引き続きトップ10に選手が入り(その選手個人に与えられる)IFSC枠を獲得するとともに、40位以内にもより多くの選手を抱えられるようにして最大5の国別枠を確保できるようにしていきます」

 
 

LJCの見どころ
強化選手選考と“三つ巴”の戦い

 
話を今大会に移します。まずは見どころを教えてください。

「リードW杯の日本代表選手が決まること、国内最高峰の大会であることは例年と変わりませんが、先ほどお話したようにアジア競技大会に出場する複合種目の第4期強化選手Sランクが今大会の結果を受けて決定する点も大きな見どころです」

前の週に行われるBJCの順位とのかけ算で決まるので、その順位を頭に入れながら観戦するとより楽しめそうですね。

「BJCの順位によって、各選手が『アジア競技大会出場にはこれくらいの順位が欲しい』という思惑を抱きながらの競技となるはずで、特に上位選手の緊張感は増すと思います。今シーズン最も重要な大会に出場できる2枠が懸かっていますから」

 
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その他に注目ポイントはありますか?

「ボルダリングよりもリードのほうが活躍できる選手層は広いと思います。昨年はベテラン勢の樋口純裕がクラーニ大会でW杯初優勝を遂げましたし、同年代の藤井も世界で活躍しました。ここに楢崎らの中堅世代と、さらに新世代を加えた“三つ巴”の戦いが期待できます。中でも若手勢では昨年の世界ユース選手権で優勝した久米乃ノ華、上村悠樹、安楽宙斗を筆頭に、年上の選手たちと対等に戦える能力を持った選手が数多くいます」

前回のLJCでも優勝したのは吉田智音、森秋彩の高校生2人でした。

「昨年11月の『Top of the Top』でもリードで優勝したのは村下善乙、谷井菜月の10代2人で、ベテラン勢は及びませんでした。今大会では先輩選手たちの奮起、さらには次代を担う選手たちの追い上げの両方に期待したいですし、私自身もワクワクしながら観たいと思います」

 

前回大会優勝の吉田智音(左)と森秋彩

パリ五輪で東京五輪の3種目複合から2種目複合、スピード単種目に分かれることで、今後リードの課題内容に影響はありそうですか?

「今大会への影響はまだそこまでないと思いますが、今後はルールの変更によってルートの内容も変わり、加点されるポイントの割合が高い上部の一手一手の強度が上がることが予想されます。TOPホールドに近づけば近づくほど負荷が強まり、選手たちはどこまで耐えられるかという我慢勝負のような展開になるのではないでしょうか」

 
 

パリに向けて仕切り直し
各選手が得意種目を伸ばす年に

 
東京五輪を終え、今年からパリ五輪に向けた戦いがスタートすると思います。2024年に向けた日本代表チームとしての目標も教えてください。

「東京五輪を上回る結果を残すべく、金を含む複数のメダルを引き続き目指していきます。東京で成しえなかった金メダル獲得をパリでは必ず実現したいですね」

今年はどのような年だと捉えていますか?

「仕切り直しの年になると思っています。パリ五輪を目指す選手たちはそれぞれの得意種目を伸ばす年にしてほしいです。第4期強化選手のAランクには、今年のW杯で表彰台に上がった選手がいれば随時追加する方針です。今の代表チームには2種目のバランスが良い選手に加えて、1種目に特化している選手も必要だと思っています」

バランス型と特化型。2つのタイプの選手たちでチームを構成していきたいと。

「得意種目で勝ちにいくというのが、2種目複合では一つの戦略になると考えています。順位ではなく成績内容でポイントが与えられるパリ五輪の2種目複合フォーマットの場合、例えばリードでは1位の選手が完登、2位の選手が中間部で落ちると非常に大きなポイント差になります。そう考えると、各種目に特化した選手たちにも大きな可能性があります」

結果という意味での今シーズンの日本代表の目標は何でしょうか?

「先ほども申し上げたように、アジア競技大会で金メダルを含む複数メダルを獲得すること。そしてW杯国別ランキングで各種目1位を獲ることです。特に2014年から首位を続けているボルダリングは記録をさらに伸ばしたいですね。そして、2023シーズンの国別枠を見据えてワールドランキングの40位以内になるべく多くの選手が入ること。他の種目に比べると出遅れているスピードについては1月から合宿を重ねていますので、選手たちの奮起に期待したいです」

 

今シーズンの日本代表はアジア競技大会で金を含む複数メダルの獲得、W杯で各種目国別1位を目指す(写真:© Dimitris Tosidis /IFSC)

東京五輪に向けては「ランク分けした五輪強化選手制度の確立」や「チーム行動の重視」という取り組みをされてきたと思います。そういった活動は今後も継続していきますか?

「はい。ただ、より個々の能力を伸ばすという観点では、もっと選手による自発的な活動を促したいですし、自ら効率良く能力を伸ばしてほしいと考えています。そのためには医科学的な支援のできる人材の確保と選手への情報提供ができる体制づくりを進めたいですね」

最後に今シーズンの意気込みをお願いします。

「東京五輪が終わった翌年のシーズンとなりますので、ぜひ日本でクライミングを観ていただく方が増え、そしてファンの方も増えていく年になるといいですね。選手の活躍というものがなければその流れはできないので、そのために我われも彼らをしっかりとサポートしていきたい。日本のみなさんに世界中で日の丸を掲げる場面を多く届けられるようなシーズンにできるよう、努力していきます」

 
「第35回リードジャパンカップ」大会特設サイト

CREDITS

取材・文 編集部 / 写真 窪田亮 / 協力 JMSCA

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PROFILE

安井博志 (やすい・ひろし)

1974年12月29日生まれ、鳥取県出身。元高校教諭で2002年の山岳部創設に伴い指導者として活動開始。08年よりJMSCAに所属し、09年からユース日本代表コーチ、16年からボルダリング日本代表ヘッドコーチ、17年から日本代表全体のヘッドコーチとJMSCA強化委員長を務める。21年6月からは理事も兼任。(写真:牧野慎吾)

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