
世界王者の安楽宙斗「“ここで決めろ”と言われている感じがして笑えてきてしまった」【クライミング世界選手権|男子ボルダー選手コメント】
IFSCクライミング世界選手権(韓国・ソウル)は大会最終日の28日、男子のボルダー準決勝、決勝を行い、安楽宙斗が逆転で初の世界王者に輝いた。優勝には最終課題で完登するしかない状況で見事に決め切った。楢崎智亜と明智の兄弟2人も決勝を戦い、4位と5位で惜しくも表彰台には届かなかった。決勝を終えた日本人選手3人に取材した。
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■安楽宙斗(優勝)
――決勝で全4完登して逆転優勝。振り返っていただけますか?
「本当にギリギリの戦いで、2、3課題目のトライ数は僕の良くない、直したい癖が出ました。自分の経験的にたぶん嫌がるムーブがあって、そういった時にトライ数がかさんでしまうことがあります。最後の課題はドヒュン選手が登って2位かなと、2位狙いで行くぞと思っていたところ、まさかのできないということで。このような状況はW杯でも何回かあって、その時はより固くなってかなり集中を入れるっていう感じでしたけど、今回はチャンスが回ってきたというか“ここで決めろ”と言われている感じがして笑えてきてしまって、出る前は裏で笑みがこぼれる感じでした。これを決めたらかっこいいなと」
――優勝直後のインタビューでも、最終課題を完登しなければ優勝できないという追い詰められた状況でも楽しく登れたと話していました。その要因は?
「W杯のソルトレイクシティ大会やインスブルック大会などで『登れば優勝』という場面は何回も経験していました。いつも集中してもちろん絶対勝ちにいくぞっていう気持ちで挑んでいましたが、今回は何というか、かなり集中していたんですけど、ここでドヒュン選手ができなくてチャンスが回ってくるのか、これはここで試されているんだなと思って、じゃあやってやるしかない、ここで逆転劇を見せないとなと思って笑えてきちゃいました。本当に追い詰められたその先にいけましたね。この状況で登ることができるんだっていうすごい自信になったので、これからの大会に向けての糧になると思います」
――1~3課題目を完登してガッツポーズはしていましたが、準決勝での笑顔はなかった印象でした。アテンプト数を含めて満足いく登りができていなかった?
「やっぱり(2位になった)メジディ選手、ドヒュン選手のアテンプト数がそんなにないことがわかっていたので、一番最後に登る順番だったとしても、登らなくてはついていけないっていうところでも、もっと丁寧にいきたかったですね。ほぼ完璧なラウンドだったんですけど1トライずつの甘えが出てしまっているので、そこは新しく見えた改善点です」
――初の世界一、壁前のマットに寝そべって歓声を受けた時の心境は?
「正直、4課題目はいけるビジョンといけないビジョンのどちらも見えていて、かなりギリギリだったんですね。完登した時はマッチしているのかなという感覚で、(寝そべるのは)パン(・ユーフェイ)選手が(今年のボルダーW杯の)ベルンで優勝したシーンが好きでかっこいいなと思っていたのでついついやっちゃいました」
――世界一のメダルを手にしてみて、いかがですか。
「シーズンの上位勢がほぼ出ていたところで、2年に1度の世界選手権でどこまで自分を追い込んでうまくパフォーマンスできるかというのは普段のW杯とまったく違いました。この大きいタイトルを懸けて戦っている中で“登れたら優勝”というわかりやすく追い詰められた状況でも前向きにガツガツいけたのは今年成長したなと思える部分です」
――さらに強くなるために、来年に向けた改善点は?
「今年のW杯前半戦を終えての改善点と、世界選手権で登るビジョンが見えない時、ちょっとわからないムーブになった時にトライの数が多くなってしまう点、あとは単純な強さですね。世界選手権の課題でも楽々と登れるぐらいになれるように頑張っていこうと思います」
――リードでの準決勝敗退からボルダーに切り替えて、立ち直る強さや勝負強さを感じましたが、ご自身ではその辺をどう評価していますか?
「リード準決勝後のその日はテンションが低くてなかなか切り替えできなかったんですけど、ボルダーは予選からいい感じの動きだったのでここで優勝してチャラにしようと頑張りました」
――次の目標は?
「まずはリードでの世界選手権タイトル、五輪でのタイトルが大きな目標になります。それを目指して少しづつ積み上げていこうと思います」
■楢崎智亜(4位)
――4位という結果を振り返ると?
「悔しいですね。優勝したかったというのもありますし、表彰台にも立てなかったので。若い、強い3選手が今の自分よりシンプルに強いなと思いました。ただ、今シーズンの中ではかなり良いトライができていました。フィーリング的にはこのあとしっかり積み上げていければあのメンバーに勝つこともできるという感じもしています。前向きになる大会になりました」
――第1課題は一撃でした。
「1課題目とか(第3課題の)スラブとか、アテンプトがかかりそうな課題はうまくできたんですけどトライ数が限られている中での傾斜の課題を完登できなかったので、流れは良かったんですけど難しいですね。力でゴリ押すパートと技術でうまくいなすパートの判断が宙斗と比べるとまだうまくないなと思うので、冬はその部分を考えたいなと思います」
――(弟の明智との)兄弟で挑んだ世界選手権の決勝はいかがでしたか?
「うれしさはありますね。世界選手権で明智が初めて決勝に残ったこともありますし。明智は10年くらいW杯に出ているのかな。その中で初めて一緒に戦えたのでそこはうれしかったですけど、次は表彰台を争う、いい戦いをしたいです」
――(29歳となったが)まだまだ世界で通用する登りを見せられたのでは?
「自分の中でも戦えるとは思っていましたし、その一部でも出せたと思います。世界中で戦いながらファンの皆さんに会って応援してもらってすごくうれしいので、応えていけるように頑張りたいです」
――パリ五輪後の今シーズンはどのような形で挑みましたか?
「パリ五輪はコンバインドでしたが、ロス五輪は単種目になったのでリードをやめてボルダーに絞っています。前よりもスキルの練習だったり登り込みだったりができていて、ボルダーにかなりフォーカスできていると思います」
――2028年のロサンゼルス五輪に向けてどういった準備をしていきますか?
「年齢が上の選手は種目を絞るケースが増えることを考えるとその選手たちのレベルも上がってくると思いますし、そこに(ボルダーとリードの)2種目をやっている10代の若い選手も入ってくる。その中でも世界のトップで居続けられるように日々過ごしていきたいです」
――若手クライマーがどんどん成長しています。今後もトップ層に居続けるには?
「普段から一緒に練習していて、フィジカル的にどうこうは思っていなくて、時間内でのマネジメント、時間内でどう登り切るかが宙斗とかと比べるとまだまだです。そこと向き合いながら、フィジカルなども鍛えていきたいです」
――トップレベルをキープし続ける秘訣があれば教えてください。
「今まで自分が強いこと、大会で勝って強さを証明することが楽しかったんですけど、今は別のチャンピオンがいたり年間で勝てないこともあったり、若い選手が強かったり新しいクライミングスタイルが出てきたりすることがモチベーションになっています。新しい選手と戦うこともモチベーションになりますし、応援してくれるファンがいてくださることもすごくうれしいです」
――今後の目標は?
「帰って10日後くらいにフィンランドの外岩に行く予定で、世界で一番難しいV17の課題を登りたいです。スポーツクライミングのほうは来年アジア競技大会があって、前回優勝していないのでそこに出場して優勝したいです」
■楢崎明智(5位)
――初の決勝を登り終えた感想は?
「悔しいですね。珍しいですよ。『疲れた』よりも『悔しい』が先に来るのは。僕はだいたい『疲れたー』ってなるので。本当に悔しいです」
――最後の4課題目はあと一歩で完登でした。振り返ると?
「何とか爪跡を残そうと思って頑張ったんですけど……。ラストトライは体力不足でしたね。1トライ目から最後のトライのような思い切りが出ていれば決まっていたんですけど、宙斗が登ったように右手を返したほうが正解なのか、これでいけるのか半信半疑で出ちゃって右手が間に合わなかったです。体力的には不可能だったのでいけるところまでいったろうと思ったんですけど悔しいですね。順位は変わらなかったですけど爪跡を残したかったです」
――他の決勝課題の印象は?
「1課題目は4分という時間であれを形にするのはすごく難しく感じました。あれはコーディネーションに見えますけどフィジカル要素もあって、最後に止める左手のブレーキで上腕(の負荷)がすごいんですよ。手が伸びる癖があるので、強引にガッと止めにいかず綺麗にハメにいこうとしてたのが良くなくて。4分という時間の中でそこを切り替えることができず難しかったです」
――日本人2選手と共に決勝を戦った心境は?
「楽しいですね。やっぱりファイナルは楽しいです。高め合っている感じがしていいですね。宙斗という新世代が台頭してきて、今は負けまくっていますけど負けたくない気持ちもありますし、高め合っているのかなと思います」
――今後の目標、目指すべきところは?
「2年後(の世界選手権)ですね。マジでリベンジしたいです。悔しいです。自分で言うのもあれですけど、成長したと思います。世界選手権の決勝に残って、戦って、負けて悔しいと思うのは成長したと思います。僕はあまりこういうことを思ったことがなかったんですけど、これを糧にして2年後結果を出します。数年前のW杯では決勝に残ったら満足しちゃって、正直負けても悔しくなかったんです。でも去年くらいから決勝で負けたらめっちゃ悔しくなって。それがとうとう世界選手権でも来たかと。うれしいような、悔しいような。いや、本当に悔しい! こんなもんじゃないです。2年後がこんなに待ち遠しいのは初めてです。世界選手権に出ることが目標みたいなところから始まって、気が付いたら待ち遠しいです。また出られるようにしっかりトレーニングします!」
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取材・文 編集部 / 写真 © Nakajima/Timmerman/IFSC
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