FEATURE 96

前回チーフセッター・平松幸祐氏が語る

BJC2021の見どころ、ルートセッターの役割


日本のトップ選手が一堂に会するボルダリングジャパンカップ(BJC)。その勝負の行方を左右するのが、ルートセッターが設定する課題の難易度だ。前回大会でチーフを務めた平松幸祐氏に、1月30日・31日に開催される2021年大会の注目点やセッターの役割を聞いた。

※本記事は「第16回ボルダリングジャパンカップ」大会公式プログラムの掲載インタビューに未収録分を追加したものです。
 
 

前回大会は決勝でドラマ
「準備段階で想像できていた」

チーフセッターとして携わった前回大会から1年が経ちましたが、あらためて振り返ると?

「僕の中では『やり切れた』と感じています。自分がいいセットをしたというより、チームを束ねて、しっかりといい判断ができたのかなと。他のメンバーには反省点もあったようで、彼らの半分がセッターチームに入っている今大会はどういう展開になるのか期待したいですね」

前回決勝は男女とも優勝選手だけが完登した課題があり、ドラマチックな展開になりました。

「時間も意識も、セットの比重の半分近くは決勝に費やしました。個々のセッターの能力も高いので、結果は蓋を開けてみないとわからないんですけど、準備段階からそういうドラマが見られるんじゃないかとある程度は想像できていました」

優勝選手だけが登れた課題について、もう少し詳しく聞かせてください。まずは女子決勝で伊藤ふたば選手のみが完登した第3課題ですが、8人によるセッターチームの中でこの課題を担当したのは?

「岩橋(由洋)君です。この課題は手よりも足をすごく調整しました」

 

2020年の前回大会女子決勝第3課題。多くの選手がスタート後の足場でスリップした。[写真:窪田亮]

スタート後の足場のホールドには、壁との間に小さなビスが挟まっていましたよね(写真上)。

「これによって乗る面の角度を少し緩やかにしていました。セッター陣で試登している時もすごく乗りづらくみんな苦戦していて、少しずつ『こんな感じで登るんじゃない?』というふうに試行錯誤を重ねました。パワーではなく感覚的な部分も大きいので、初めて登る課題としては非常に攻略しづらかったと思います。伊藤選手はスタート後の足場に“乗らない”選択をしたことが完登に繋がりましたね」

 

伊藤ふたばのみが難所を攻略。この課題唯一の完登で暫定首位に浮上し、優勝に大きく近づいた。[写真:窪田亮]

男子では原田選手だけが第2課題を登り切りました。ホールドの組み合わせで“溝”を作り出していたのが印象的な課題でした。

「これは平嶋(元)さんが担当しました。使われていたのは国内メーカー『UNDER BLUE HOLD』のホールドで、特に緑色で長細い竹のような見た目のものは使いづらそうな印象があったのですが、実際は自然の岩場の凹みを模したような、絶妙な配置加減に仕上がりました(写真下)」

 

前回男子決勝の第2課題。[写真:窪田亮]

原田選手は完登時に雄たけびを上げましたが、これは「課題が悪すぎだろ!」という気持ちだったようです(笑)。平松さん個人としては「後世に語り継ぎたい課題」だとか。

「それくらい悪い課題だったんでしょうね(笑)。でも選手の想像を超えて、力を引き出した側面はあると思います。誰も登れなかった課題は過去にたくさんあって、でも振り返ってみるとそういった課題や一人しか完登できないギリギリをついた課題というのが、時代を先取りしていたりするんです」

 

この課題をただ一人登り切った原田海。他にゾーンを獲得したのは1選手のみという難関だった。[写真:窪田亮]

前回大会の難易度はどれほどでしょうか?

「ジムにある課題で言うとすれば、男子は三段、四段ほどでしょうか。ジムでほとんどのお客さんが登れない、誰もやらない、飾りのような課題のイメージです。女子ならば2グレードほど男子と差があるので、初段から二段。予選からずっとそんな感じだと思います。BJCに出るのはジャパンツアーを通過してくる選手なので、それぐらい難しい課題を登る能力は予選下位選手であっても持っているはず。重要なのは、制限時間内に登れるかどうかです」

 
 

ルートセッターの役割
大会前から終了後まで

大会に関わるセッターの仕事について、平松さんが昨年担当されたチーフの役割を中心に教えてください。

「まずは主催者であるJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)からチーフが指名され、そこからチーフが他のセッターメンバーを決めていきます(BJCの場合は8人)。大会1カ月前にはJMSCA側の競技壁のデザイナーと傾斜の組み合わせや角度などについて意見を交わして、完成形をメンバーに事前共有します。大会で使用する協賛ホールドの確認もチーフが行い、『どういうのが欲しい?』と直接業者さんから聞かれてやり取りをする場合もあります」

大会の数日前に会場入りされ、セットに取りかかる際には、チーフが「ここからここ、ここからここ」という感じで課題を設ける範囲を割り振っていくそうですね。

「男女それぞれで大体の範囲を指定し、話し合いで各エリアの担当セッターを決めたら、実際のセットに移ります。BJCほどの大会になると、緊張して会場入りしている感じもあって、みんな“構える”んですよ。初めに動くのをちょっと拒否するじゃないですけど(笑)。ホールドを選ぶのも、ちょっと泳がせるというか、一番最初にホールドを付けるのが嫌だったりするんです」

チームだけど、どこか相手を探る雰囲気があるのですね(笑)。この他、課題内容を決めていくには、試登も大切な作業の一つですよね。

「何回も登ることもあります。各課題の担当者だけで完結することはなくて、決められそうなところからみんなで試登して、内容を詰めていきます」

最終的に課題の順番を決めるのもチーフの役割?

「チーフは司会役です。みんなに『どう思う?』と意見を聞きつつ、『じゃあこれでいきましょう』みたいな感じで」

 

前回大会を演出したセッターチーム。左から水口僚、杉田雅俊、岩橋由洋、笠原大輔、濱田健介、平松幸祐、平嶋元、尾崎浩詔。

準決勝と決勝は1日間で行われますが、ラウンド間のホールドの付け替えの際、例えば決勝進出者によって内容を変えることも?

「ありますね。大きく課題内容を変えることはあまりないんですけど、似たような形のスペアをキープしていて、同じ大きさでもちょっと持ちづらいとか、反対に手のかかりがいいとか、あとはホールドの角度を変えたり、少しホールド間の距離を遠くしたり。そのへんの微調整をすることはあります。意外と僕らは、競技中は座っているだけのように見られるんですけど(笑)、やはりフィードバックを受けられる時間なので、どういう結果が生まれるのか、次をどうしていくのかっていうのは常に考えています」

ラウンド間のホールドの付け替えは時間との勝負でもありますよね?

「そうですね。付けていくだけでも時間がかかります。お客さんが一時退出している時間が短い場合だと、調整したパートを十分に試登できないこともあります。観客がいる中でセッターが登り始めたら、結末がわかってしまうようなものなので」

ちょっと怖くないですか?

「はい(笑)。そういった場合はメンバーも下手なことは言えません。ちょっとした判断ミスで大会を壊す可能性があるので。でも、それまでの課題と選手たちの登りを見て、違和感を感じることはあります。そこで変えるのには勇気がいるし、でも変えないのも勇気がいる。そこに葛藤があります」

大会終了後の撤収作業もセッターの仕事ですよね。

「残ったメンバーで協賛社さんにホールドの返却作業をします。ホールドが多い時はものすごく大変です」

どの大会でも、何かテーマを持ってセットに臨むものですか?

「前回大会について言えば、W杯ファイナリスト常連の日本人が出場する、さらに去年は東京でオリンピックが予定されていた年だったこともあって、ある意味(2月上旬開催だった)BJCが“スポーツクライミング界の2020年開幕戦”だったと思うんです。そういった中で、自分たちセッターが誰かを真似したり、何かに捉われてセットすることはしたくなかった。個々が高い能力とオリジナリティを持っているので、他の外的な要因に捉われずに、自分たちで世界を作っていけたら、という思いはありましたね」

 

前回大会の男女表彰台。左から楢崎智亜、野口啓代、原田海、伊藤ふたば、井上佑二、野中生萌。[写真:窪田亮]

 
 

今大会の注目ポイントと
セッターにとってのBJC

今大会の注目ポイントを教えてください。

「前回の僕個人のテーマに『女子の準決勝を面白くしたい』というのがありました。BJCの準決勝はファイナリスト6枠に入るための“戦場”で、決勝とはまた違うものすごい熱気があるんです。特に男子は課題が非常に難しくなかなか完登が出なかったりして、競技順の1番から20番までみんな面白い。ただ一方、セッターもそれを演出するのに時間も人も男子課題に費やすことが多く、女子準決勝は少しウエイトが低いところがあったんです。それを変えたいと思って、去年は力の入れ具合を準決勝も男女半々のイメージでやりました。今年どうなるかはわかりませんが、過去に女子準決勝では少なかった『完登者が出ないのでは』と思わせるような難しい課題が出てくるのか、注目したいです」

女子準決勝は要チェックですね。

「今回は水口僚(つかさ)さんという女性セッターがいないので、誰がそういう役割を担って女子を面白くしていくのかは楽しみですね。準決勝が接戦になると、予想外のメンバーが決勝に上がる波乱が起きるかもしれませんし、トップ選手にもこれまでとは違った緊張感が出てくると思います。そうするとまた、彼女たちを追う選手たちの自信に繋がったり、世代交代も起こったりするので、どうなるか注目です」

個人的に注目している選手はいますか?

「17歳の川又玲瑛(れい)選手です。安間佐千(さち)君、楢崎智亜選手、そして川又選手と、“栃木のチャンピオンロード”が描かれているのかと思うくらい、不思議と彼にはそういう素質を感じます。昨年の『Top of the Top』や『コンバインドジャパンカップ』では、プレッシャーの少ない選手たちが気負いなく楽しんでいました。川又選手はそれに近い気がします。どっしりした感じで気負いがないと、クライミングしている姿がかっこよく見えるんですよ。今大会でも『全力で挑みたい』とワクワクしている選手に活躍してほしいです」

 

前回決勝に16歳(当時)で進出し、自己最高の4位入賞を果たした川又玲瑛。今大会で初の表彰台なるか。[写真:窪田亮]

先ほどセッターにも「緊張感がある」と話していましたが、セッターにとってBJCはどんな大会でしょうか?

「以前は今と比べると緩い大会だったんですよね。でも選手のレベルがすごく上がってきて、日本代表の選考大会にもなりましたし、スポンサーも増えて、会場の規模も大きくなった。セットの重要さも年々増していると感じます」

日本代表選手などに与えられる優先出場権のない選手は、ジャパンツアーを通過しないとBJCに出場できなくなりました。

「やはり僕らセッターにも『(BJCに)選ばれたんだ』という気持ちがあります。ボルダリングの国内最高峰の大会で、8人しかセットができないわけですから。僕がチーフを務めた時は『セッターチームに加わりたい』という声をすごく聞きました。これほどの大会は、日本ではBJC以外にないと思います。選ばれたセッターには全力を発揮する使命感のようなものがあります。大会前にみんな揃うと、メンバーの半分くらいは髪を切っているんですよね(笑)」

セッターが見えたら髪型も注目ですか(笑)。

「だいたい刈り上げになっていたりしますね(笑)。セッターもかなりの意気込みでBJCに臨んでいます」

 
「第16回ボルダリングジャパンカップ」大会特設サイト

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 田中伸弥 / 協力 JMSCA

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PROFILE

平松幸祐 (ひらまつ・こうすけ)

1983年1月6日生まれ、神奈川県出身。日本を代表するルートセッターの一人。大学1年でクライミングを始めたのち、当時は若手が少なかったセッターの道を志し、09年に国際資格を取得。15年には今や全国的な人気を誇るジムとなった「FLAT BOULDERING」を山形にオープンした。

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