FEATURE 94

“スポーツクライミングの聖地”へ

歩みを続ける鳥取県のチャレンジ


スポーツクライミング熱の高まりを示すように、スピード、ボルダリング、リードの壁が揃う施設が全国に続々と誕生している。中でも高い意欲を見せているのが、スポーツクライミングの“聖地化”を掲げる鳥取県だ。

同県は若手クライマーの登竜門であるボルダリングユース日本選手権を2015年の第1回大会から倉吉体育文化会館(倉吉市)で開催すると、2018年3月、以前からあったリード壁にボルダリング、スピード壁を加える形で、同会館内に「倉吉スポーツクライミングセンター」(以下、倉吉SCセンター)を整備した。

以降、地元での競技普及、東京五輪の事前キャンプ誘致、国際大会の誘致・開催などによって、一過性のブームでは終わらせまいと、スポーツクライミングを通じた地域の盛り上げに取り組んでいる。

※本記事の内容は2020年9月発行『CLIMBERS #017』掲載当時のものです。
 
 

スポーツクライミングとの深い縁

 
 「大会の開催や合宿の受け入れを通して、地元の盛り上がりを肌で感じています」。こう語るのは、鳥取県スポーツ課に所属する田辺聡さん。「スポーツクライミングはとにかく見ていてとてもクール。いろんな形・色のホールドが散りばめられた壁を見ているだけでもワクワクする」と、自身もまたクライミングの魅力に引き込まれた一人だ。
 
 田辺さんによれば、鳥取県初のクライミング施設が整備されたのは2001年。翌年には県立鳥取中央育英高校に壁が設置され、当時教員だった現日本代表ヘッドコーチである安井博志氏の指導の下、高田知尭・こころ兄妹を筆頭に多くの実力者を輩出してきた。県勢は国体で優勝5度、日本代表およびユース日本代表にはこれまで計10人が選出されている。
 
 また、2015年には鳥取県山岳協会(現鳥取県山岳・スポーツクライミング協会/以下、山岳SC協会)創立50周年記念事業の一環としてボルダリングユース日本選手権を倉吉体育文化会館で初めて開催し、昨年の第5回まで毎年実施。ユース選手たちにとっては、今や倉吉を訪れることが一つの目標になった。こうしてスポーツクライミングを受け入れ、根付かせてきた鳥取県に、3種目の壁が揃う施設が誕生したことは必然だったと言えるだろう。
 
 

忘れられないアジア選手権2018

 
 「国体が直近で開催されない県にもかかわらず、3種目の壁があるのは珍しい、驚きだという声をいただいています。これまでスポーツ施設の整備は“国体ありき”で進んできたと思いますが、倉吉SCセンターは国際大会フォーマットで整備され、今後の日本における施設整備のモデルにもなっているんです」。そう胸を張る田辺さんは、同センターで2年前に行われた大会が今でも忘れられないという。日本では16年ぶりの実施となった、2018年11月のアジア選手権だ。
 
 「クライミングの国際大会を鳥取県で開催することは誰にとっても初めてで、暗中模索での調整・準備だった」そうだが、結果的には「大成功」だったという。「大会期間中は老若男女問わず多くの観客が会場に朝早くから詰めかけていました。各国の選手たちが繰り出す世界トップクラスのパフォーマンスを目の当たりにし、ものすごい感動と熱気の渦が巻き起こっていたことが一番印象に残っています」。
 

2018年のアジア選手権は、国内で開かれる国際大会としては初めて東京五輪フォーマットのコンバインド種目が実施され、声援を後押しに日本男女5名が表彰台に上がった。

 
 大会終了後、近隣の小学校ではクライミングが話題となり、観戦に訪れた家族連れからは「子どもにやらせたい」といった声が寄せられたそうだ。「大会後は“アジア選手権ロス”とまでは言いませんが(笑)、観戦されたみなさんが『あの感動と興奮をもう一度味わいたい』という気持ちを持っている。あの大会でスポーツクライミングの位置づけが倉吉を中心に高まり、それをサポートしようという機運も高まっています。そして県、倉吉市、山岳SC協会と、我々運営側にとっては非常に大きな自信に繋がりました」と田辺さん。鳥取県はこのアジア選手権が今後、競技のさらなる普及や拡大に繋がるレガシーとなることを期待している。
 
 

フランス代表チームとの絆

 
 もう一つ、鳥取県のクライミング熱を語るのに欠かせないエピソードがある。フランス代表チームの東京五輪事前合宿の誘致だ。田辺さんたちは2018年7月、「アポイントどころか面識もなく、不安でいっぱいだった」という中、フランスで行われたW杯シャモニー大会に足を運んだ。競技の合間を見て各国コーチに声をかけ続け、駅、ホテル、飲食店が周辺にある倉吉SCセンターの利便性をPRすると、フランス代表から興味ありの返事が。
 
 「最後は自分の思いを自分の言葉で伝えられたことが大きかった」そうで、さっそく同年12月の合宿実施にこぎつけ、県と倉吉市は最大級のおもてなしでフランス代表チームを受け入れた。すると選手たちが人々の温かさや落ち着いた雰囲気の倉吉を気に入り、さらには安井ヘッドコーチのお母様による手料理が彼らの胃袋をがっちり掴んだことで、2019年8月の世界選手権事前合宿実施へと繋げたのち、東京五輪事前合宿の約束を取り付けたのである。
 
 しかし、残念ながら東京五輪の1年延期で合宿も先延ばしになり、「私ども地元にとっては一つの集大成でしたが、大きな楽しみがなくなってしまいました」という田辺さんたち。それでも、来夏も倉吉で待っているという地元の思いを伝えたいと制作したのが、これまで合宿の受け入れに携わった人たち全員が出演するフランス代表への応援動画だった。
 

倉吉市の公式YouTubeチャンネルで公開されているフランス代表チームへの応援メッセージ動画。田辺さんも出演し、同代表へのエールを送っている。

 
 倉吉SCセンターの開設から2年半。同地では着実にクライミングが根付いてきている。利用者が増えている同センターでは、日本代表であり「県にとってかけがえのない存在」と田辺さんが評する高田知尭が県スポーツ協会の職員として常駐。初心者から上級者まできめ細かな指導で後進の育成に精を出している。8月からは同選手が講師を務めるリード教室もスタートし、定員を超える応募が集まるなど人気だそうだ。
 
 さらに10月3、4日には2020年の「スポーツクライミング ジャパンツアー」リード、スピード初戦が同センターで予定されている。鳥取県、そして倉吉市は世界が認めるスポーツクライミング拠点として、地元が一体となって歩みを続けている。
 

 
【倉吉スポーツクライミングセンター】
スピード、ボルダリング、リードのスポーツクライミング3種目の壁が揃い、JOC認定競技別強化センターにも選定。国際大会などで使用されるホールドの導入や割安な利用料が好評。全国では珍しく日本山岳・スポーツクライミング協会公認ルートセッターが2名常駐しており、うち1人は同県出身の日本代表・高田知尭。
 
[住所]鳥取県倉吉市山根529-2 倉吉体育文化会館内
[営業時間]平日:12時~21時 休日:9時~20時
[問い合わせ先]TEL:0858-26-4441 FAX:0858-26-4447
[公式WEBサイト]http://kurabun.tottori-sf.net/about/facility/climbing/
※施設の最新情報は倉吉体育文化会館の公式インスタグラムをチェック!

CREDITS

取材・文 編集部 / 写真 窪田亮

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