FEATURE 158

独占インタビュー

トップクライマーでジムオーナー 野中生萌が語る“努力できる余地”


ボルダージャパンカップ(BJC)優勝から始まった2025シーズンは、野中生萌にとって特別な一年だった。 トップクライマーとして世界と戦いながら、自ら立ち上げたクライミングジム「Next Gen Bouldering」の運営にも向き合う日々。 競技と経営、二つの挑戦が同時に進む中で、彼女は何を感じ、何を得たのか。 国内大会の難しさ、世界への視線、そしてロサンゼルス五輪へ――。2026年のBJCを直前に控えた今、「まだ努力できる余地がある」と語る野中生萌の思いに迫った。

がむしゃらに走り抜けた、記憶に残る一年
“予選通過すら難しい” BJCという舞台

ボルダージャパンカップ(BJC)優勝から始まった昨年の2025シーズンを振り返っていただけますか?
「競技人生の中でもかなり記憶に残る年になりました。2024年末からクライミングジム『Next Gen Bouldering』(埼玉県新座市)を建てるために動き出していて、準備している中、トレーニングをしてBJCに臨むという初めての経験をしました。ジム建設・運営はかなり大きなプロジェクトだったので大変でした。ジムの運営をしながらトレーニングしてW杯に出て『いろんなことがあったな』と思うシーズンでしたね」

そのような状況でBJCは2019年以来6大会ぶりの優勝を果たしました。
「とにかくがむしゃらに目の前のタスクを毎日こなしている感じでしたが、運も味方してくれたと思う部分があります。BJCで優勝できるようにもちろん頑張っていましたし、一位を狙いにいっていました。実際に結果が出て、いいスタートを切れたので優勝したあの瞬間はうれしかったですね」
 

2025年大会で6大会ぶり2度目のBJC優勝を果たした

 
前回優勝した2019年以降もBJCでは全大会で表彰台に上がっていました。BJCは野中選手にとってどのような大会ですか?
「W杯に日本代表として出場する選手を決める大会であり、国内で一番大きな大会でもあるので、やっぱり特別です。W杯とは違う雰囲気がありますね。世界でもトップレベルの日本人クライマーたちがその頂点を目指してくる大会なので、他とはまた毛色が違う緊張感もあります」

具体的に雰囲気は他とどう違いますか?
「日本の選手層はかなり厚いので、男子は特にそうだと思うんですけど、BJCは予選通過すら難しいですね。一方でW杯だと日本人選手は結構な確率で予選を通過している印象です。予選通過ですらトップ選手でも難しい状況はかなり緊張感が高いですし、結果がそのシーズンを左右すると思うと、特別感がありますね」
 
 

サイズ感と冷静さ
国内大会ならではの難しさ

 
日本と海外の大会では課題の傾向も違うとよく言われていますが、ここ数年はどう感じていますか?
「日本には独特なクライミングスタイルがあると毎年感じています。ただ、今大会は外国のルートセッターさんが入っていて、世界の風を吹かせるというか、海外の課題にも対応できるような選考大会に変わってきている印象を受けています」

そのような中で、国内大会と国際大会の戦い方の違いや、長年好成績を収める秘訣などがあれば教えてください。
「国際大会では流れのままに登っていくことが多いんですけど、国内大会になるとポジションや課題のサイズ感、選手のサイズ感が違ったりもするので、冷静さを必要とするイメージはあります。国際大会では私を含めて日本人選手は小さいサイズですが、国内大会では私は他の日本人選手よりも大きいサイズになると思います。そうなってくると、少し小さい選手に合わせたような課題がセットされ、例えば距離感だったりとか、ポジショニングのフィットのさせ方だったりとか、足位置一つを取っても意識して登らないと難しい印象はありますね」

BJCの2026年大会を担当するルートセッターの方たちを見ると、フィジカル系の課題が多くなると予想しています。その辺りはどう感じていますか?
「女子はまったく想像がつかないですね。男子は特に準決勝は相当内容が締まるラウンドになるんじゃないかなと感じています。このセッターのメンバーと選手のラインナップとなると、簡単になることはまずないだろうとなんとなく予想しています(笑)」

2026年大会に向けて強化していることなどはありますか?
「スラブやバランス系は引き続き苦手分野なので、そこはずっと取り組みながら、ストロングポイントであるパワフルな部分もしっかりと発揮できるように練習しています。その中で、時間内にしっかりしたパフォーマンスができるように強化を続けています」

2026年大会の目標や意気込みを教えてください。
「もちろん前回チャンピオンとして2大会連続でタイトルを取れるように頑張りたいです。2連覇は難しいですし、簡単にできることではないですが、狙っていきたいです」

ライバルや注目している若手選手はいますか?
「他の選手の登りをあまり見ないので、他の選手がどれくらい仕上がっているかわからないですし想像がつかないですけど、(関川)愛音(めろでぃ)ちゃんは去年も強かったので今年も強いだろうなと思います。あとは若手の選手がどれくらい出てきてくれのるかなってワクワクもしています」
 
 

アジア、世界、そしてロサンゼルス五輪へ

今シーズンはワールドクライミングシリーズ(昨年までのW杯から名称変更)と秋のアジア競技大会の出場権を得ています(いずれもボルダー)。シーズンを通しての目標はありますか?
「(4月の)アジア選手権で優勝して、(内定が濃厚とされている)2027年世界選手権の切符を手にすることです。世界選手権ではロサンゼルス五輪行きの切符を手にする“ウイニングロード”を歩みたいと思っています。アジア競技大会も優勝して、アジアを代表して一番強いことを証明し、その先につなげていきます。そして去年のW杯はジムの立ち上げもあって出場する大会を絞っていたのですが、今年はなるべく全戦出場して安定した成績を残したいですね」

ロサンゼルス五輪ではボルダー、リード、スピードの種目ごとにメダルが用意されます。ボルダーを得意とする野中選手は今後のリードへの取り組みについてどう考えていますか?
「リードの練習も引き続きしています。リードの位置づけはあまり変わっていないんですけど、ボルダーをメインに戦っていきます」
 
 

競技と並行して挑む
ジムオーナーというもう一つの挑戦

 
ジム運営に関してもお聞きします。今年5月に「Next Gen Bouldering」のオープンから1周年を迎えます。
「大変です。本当に(笑)。運営の経験がなかったですし、現役の選手をしながらなので毎日の作業が本当に大変で。でも強いパッションだけはあるので、その思いを注いでいい空間をつくれるように頑張っています。今は時間も経って、『Next Gen Bouldering』というクライミングジムの形が少しずつ出来上がってきた感じがありますね。今後はいかに多くの人に体験してもらえるか、さらに認知を高めていけるかを考えています」
 

オープン時の様子

開店時にはなかったサブエリアのオープンに伴い、キッズスクールの展開もしていると聞いています。
「昨年からキッズスクールが始まっていて、A~Cのレベルごとにクラス分けをして教えています。昨シーズンが終わってからは私も実際にコーチングしていて、私が現役で戦っている選手だからこそ教えられる技術だったりメンタル面だったりがありますし、NextGenだからこそできることをスクール生のみんなに伝えていきたいと思っています。私が常にジムにいるわけではないので、公式サイトでは直接指導を謳ってはいないんですけど、実際はなるべくジムにいるようにしてできる限り子どもたちを見られるようにしています」
 

サブエリアの一画

 

サブエリアの一画

メインエリアとサブエリアの違いについて教えてください。
「サブエリアは基本的にスクール生のためのエリアとしています。メインエリアの課題だと子どもには距離感が物理的に遠かったり強度が難し過ぎたりするので、サブエリアはもう少し子どもたちに寄り添った距離感などを意識した課題を設けています。あとはもっとスキル寄りにしていますね。例えばヒールフック、トウフック、スメアリングなど、ピンポイントでスキルアップできるような課題設定をサブエリアではしていて、子どもたちの得意不得意が浮き彫りになりやすく、それを集中的に練習できる環境になっています。基本的にはスクール生用ですが、期間限定で一般開放もしています」
 

サブエリアの一画

 

サブエリアの一画

他にスクールの特徴はありますか?
「ホールド1つに対する足の置き方にしても、私が現役でトップレベルの課題にチャレンジしているからこそ教えられることが本当にたくさんあると考えています。五輪やW杯のレベルを選手として経験したことをそのまま一般のクライマーに教えることは難しい部分があると思いますが、食事の取り方、成長期の調整法、ケガをした時の対処法など、自ら経験したことをスクールを通して生徒さんに教えられるのはNextGenのスクールの特別な部分だと思っています」
 
 

努力できる余地は、まだ残っている

 
トップレベルで競技を続ける中で、ジムの運営・経営者になって大会の見方、挑み方など変わった点はありますか?
「ジムの運営を始めたことで自分の中で頑張れることの幅が一気に広がったと感じています。それによって、これまで以上に努力できる余地がまだあることに気づかされた感じがします。まだまだ頑張れるし、まだまだ成長できる。そんなふうにあらためて思うことができました。もちろん、これまで頑張ってこなかったとか、甘かったという意味ではありませんが、見える景色が変わったことで努力の仕方や深さがもう一段階広がった感覚です。競技に対する見方が変わったことはあまりないですが、他のクライミングジムを経営している方へのリスペクトが強くなっています。シンプルにすごいなって。ジムを運営してくださっている方々への感謝の気持ちでいっぱいですね」

ジムの今後の展望を教えてください。
「理想には着実に近づいていますし、理想を実現できると思っていますが、理想に達した時にさらにいいものを生み出せるように常に努力していきたいです。クライミングそのものを高いレベルで提供していくのはもちろんですけど、クライミングを通して生まれるコミュニティをつくっていきたいとも思っています。でもそれは数年でできることではないので、しっかり時間をかけて成長させていきたい部分ではあります。キッズスクールに入ってから数年後、世界に送り出せる選手が生まれたり、シンプルにジムを気に入って通ってくださるお客さんだったり。どんどんコミュニティを広げていって、クライミングやこのジムを通して生まれるカルチャーをつくっていけたらいいですね」

1周年記念イベントなども検討しているそうですね。
「本来の1周年は5月4日ですが、大会出場などもあるので4月末に1周年記念イベントを計画中です。翌週に中国でのワールドクライミングシリーズがあり、海外選手がトレーニングで来日している可能性もあるので、そこも含めて詳細はもう少ししたら発表したいと思っています。1年間無事にここまで来ることができて、登りに来てくれたクライマーの皆さんとお祝いをしたいです」

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 窪田亮

※当サイト内の記事・テキスト・写真・画像等の無断転載・無断使用を禁じます。

PROFILE

野中生萌 (のなか・みほう)

1997年5月21日生まれ、東京都出身。日本を代表するボルダラー。長年世界の第一線で活躍し、安定した成績を積み重ねてきた。2021年の東京五輪では銀メダルを獲得し、24年のパリ五輪にも出場。五輪2大会連続出場を果たした数少ない日本人クライマーの一人である。25年は競技活動と並行してクライミングジム「Next Gen Bouldering」を立ち上げるなど活動の幅を広げながら、なお高みを目指し続けており、現在も日本代表を牽引する存在として国内外から注目を集めている。

back to top